拾われたパティシエールは愛に飢えた御曹司の無自覚な溺愛にお手上げです。

 そうして只今の時刻は、約束の時間の十分前にはここ、田園調布の一等地に位置する、どこまで続いてるんだろうと思うくらい広範囲をグルッと取り囲む高い塀に覆われた桜小路家へと到着したから、おそらくちょうど約束の午前一〇時を少し回った頃だろうか。

 退院した時と同じ、専属の運転手である鮫島さんが運転する黒塗りの国産高級車に揺られること数十分。

 流石は天下の桜小路家。これ本当に一般の家ですかと思うくらい、重厚な門構えの、それはそれはオシャレな西洋風の豪邸だった。

お陰で、私はさっきから緊張しっぱなしだ。

 桜小路さんに手を引かれてここまでやってきた私は、まるで連行でもされてるように周囲から見えていたことだろう。

 その後ろには、執事兼秘書の菱沼さんと、何故かカメ吉の姿をした愛梨さんまで居る。

 そんな私たちを出迎えてくれた使用人の女性に案内された、これまただだっ広い応接室のアンティーク調のふわふわのソファで桜小路さんもとい、『創さん』と隣り合って寛ぎながら、ご当主の登場を今か今かと固唾を呑みつつ待っているところだ。

 因みに菱沼さんは、私と桜小路さんの座っている中央に置かれた応接セットから少し離れた出入り口に近い場所で、空気と化して控えている。

 そしてその手には、カメ吉専用の水槽が大事そうに抱えられていて。

「もう、何年ぶりかしら。これから創一郎さんに会えると思うと緊張しちゃうわぁ。あらヤダッ! どうしましょう。私ったらすっぴんだわぁ」

 さっきから大はしゃぎの愛梨さんは自分が亀だというのも忘れ、キャッキャと騒いでるお陰で、ほんのちょっぴり緊張感がやわらいできた。

 少々余裕をかました私が調子に乗って。

ーーイヤイヤ、愛梨さん。化粧なんて必要ないですから。

 心の中で、愛梨さんに突っ込んでいると、突如出入り口のドアがガチャリと音を立てた。

 その瞬間、緊張感が一気に跳ね上がり、もうドキドキしすぎて口から心臓が飛び出してしまいそうだ。
< 112 / 218 >

この作品をシェア

pagetop