拾われたパティシエールは愛に飢えた御曹司の無自覚な溺愛にお手上げです。

「藤倉菜々子さん、初めまして。創の父の創一郎《そういちろう》と言います。よろしく」
「……」

 そんな私は、ご当主に握手を求められても、ポカンとしたまま無反応、という、なんとも失礼極まりない有様だ。

 そこへすぐに、隣の創さんがここぞとばかりにフォローしてくれて、事なきを得たのだけれど……。

「こら、菜々子。俺と父親がよく似てるからって、そんなに見てたら妬けるだろ。もう、それぐらいにしておけ」
「創、そう拗ねなくてもいいじゃないか。嫉妬深い男は嫌われるぞ。ねぇ? 菜々子ちゃん」
「////……へ!?」
「親父、菜々子に気安く触んないでほしいんだけど」
「ただの握手じゃないか、そう怒るな。いやぁ、それにしても安心したよ。創がようやく身を固める気になってくれて。それにその分だと、可愛い孫にもすぐに会えそうだしねぇ」
「……まだ顔合わせしたばかりだろ。あんまり急かさないでくれよ」
「ハハッ、分かった、分かった」
「……ほんとかよ」

 天下の桜小路グループのご当主だから、もっとこう、とっつきにくくて、威厳のある怖い人なのかと思っていたのに、そのイメージはものの見事に覆されてしまった。

 ご当主がとても気さくな方で良かったけれど、あまりにも気さくすぎて、拍子抜けだ。

 すぐにちゃん付けで呼ぶところなんて、愛梨さんにそっくりだし。

 突如浮上したカツラ疑惑が解決しないまま、ご当主にずっと熱烈な握手をお見舞いされてしまっている。

 そればかりか、孫まで催促されるという猛攻撃に、私は真っ赤になって、縮こまっていることしかできないでいる。

 そこへ、ご当主の後に続いて入ってきていたらしい、奥様の菖蒲《あやめ》さんのツンとした声が会話に割り込むように響き渡った。

「創一郎さん。貴子お義姉様も道隆お義兄様も、もうお見えになってるようですし。そろそろ」

 ーーどうやら、いよいよラスボスの登場のようだ。

 そう思って、気を引き締めにかかった私の耳元で、

「言っとくがカツラじゃないぞ。正真正銘、地毛だ。ハゲる家系じゃないから安心しろ」

いつものからかい口調でそう言ってくるなり、創さんは、私だけに見えるように、したり顔をチラリと覗かせた。

 さっきの、あの『ハゲ親父』発言は、私の緊張を解すためのものだったらしい。

 創さんは、まんまと騙された私のビックリ眼を満足そうに見やると、素知らぬ顔で私のことをエスコートし、大広間に向かうご当主の後に続いたのだった。
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