拾われたパティシエールは愛に飢えた御曹司の無自覚な溺愛にお手上げです。
初めてのご対面
大広間に向かう途中、先頭を行くご当主は、至極面倒くさそうな声で、文句を言っているようだった。
その内容からして、やっぱりお姉さん夫婦とは折り合いが悪いらしい。
「別にわざわざ立ち会わなくても良かったのに。姉さんも義兄さんも暇だなぁ」
「まぁ、そんなこと仰ったら、貴子お義姉様に悪いわぁ。次期当主になる創さんのことを気にかけてくださってるのに」
それは事前に聞かされてたことだったから別段驚きもしなかったけれど。
「……そうだといいんだけどねぇ」
「創一郎さん? 何か仰いました?」
「……ううん、何も」
ご当主の悪態を指摘して、咎めようとする菖蒲さんに、何やら含みを持たせるような言い回しをするのが、妙に引っかかった。
耳に届いていなかったのか、聞き返した菖蒲さんの言葉にも、飄々と交わす様は、まるで全てを知っていて、わざとはぐらかしているように、私にはそう見えてしまったからだ。
……といっても、ご当主とはついさっきお会いしたばかりで、何も知らないから、断言なんてできないのだけれど。
いよいよ父親との対面かと思うと、気が重くて、他のことに目を向けようと、私はさっきからご当主や菖蒲さんの会話に耳をそばだてていた。
すると、急に菖蒲さんとの会話を中断したご当主がこちらに振り返ってきて。
「まぁ、そういうことだから。もしかしたら、菜々子ちゃんにも少々嫌な思いさせてしまうかもしれないけど、ごめんね? 元々悪い人たちじゃあないんだけどねぇ」
話を振られるという事態に見舞われ、またしてもあわあわとしてしまっていた。
「……ヘッ!? あっ、あぁ、いえ」
「親父。ちゃん付けキモいからやめろ」
「ちゃん付けくらい、普通じゃないか。もうすぐ娘になるんだから。誰に似たんだろうなぁ? こんなに嫉妬深い男になっちゃって」
それをさっき同様に、創さんにフォローされて、助かったものの、また不安がムクムクと湧き上がってきて。
ーーこんな調子で、大丈夫なのかなぁ。
またまたそんなことを思い始めていた私の耳元で、創さんが呟きを落とした。