拾われたパティシエールは愛に飢えた御曹司の無自覚な溺愛にお手上げです。
「……嫌な思いばかりさせて悪かった。菜々子が戻りたくなければ、体調が優れないからって言って、このまま帰ったって構わないんだぞ」
一瞬、驚いて言葉が出てこなかったくらい意外だった。
それなのに、創さんは尚も続け様に、こうも言ってきたのだ。
「菜々子がどうしたいか聞かせてほしい。俺は、何よりも、菜々子の意思を尊重したい」
創さんの、私のことを優しく気遣うような言葉と殊のほか優しい声音とを、耳にした私の脳裏には、流れるようにつぎつぎと、これまでのことが走馬灯の如く蘇ってくる。
私の機嫌をとろうと、好物のりんごのコンポートをこっそり用意して、食べさせてくれたあの夜を境に、ふたりきりになると優しい雰囲気を醸し出すようになった創さん。
とは言っても、面白おかしくからかわれることの方が殆どで、いつもいつも終いには真っ赤にさせられて、悔しい思いだってさせられてきた。
そんな時には決まって。
ーー好きじゃない。好きになって堪るか……って、自分に何度も何度も言い聞かせてきた。
それなのに、それなのに……。
創さんへの自分の気持ちを自覚した途端に、人質でしかない私のことを気遣うような、そんな優しいことをピンポイントで言ってくるなんて、あんまりだ。
これも、自分のことを好きにさせて、私が自分の言いなりになるようにという魂胆に違いない。
そんな中身のない見せかけだけの、気遣いや優しさで、もうこれ以上私のことを惑わせないでほしい。
ーーもう、こんなのうんざりだ。いい加減にしてほしい!
人質になれと言われてから今まで、言われてきたことや、溜まりに溜まっていた鬱憤やなんやかんやが一気に膨らんで溢れだしてもう止まらなくなってしまい。
「もう、いい加減にしてくださいッ! これ以上私のことを好きにさせて、一体どうするつもりですかッ⁈ 私のことなんか、好きじゃないくせにッ! 好きになんてなってくれないくせにッ! こんなのもうヤダッ! 意思を尊重してくれるって言うんなら、今すぐ私を解放してくださいッ!」
気づいた時には、背後にいたはずの創さんと、涙を零し怒りに打ち震えながらも、私は真っ向から創さんと対峙していたのだった。