拾われたパティシエールは愛に飢えた御曹司の無自覚な溺愛にお手上げです。
大事なことを忘れてましたッ!
初めて好きになった創さんと両想いになることができて、結婚の挨拶のために我が家である藤倉家に久々に帰って、祝福されて、めでたしめでたしのはずが……。
兄妹同然だった恭平兄ちゃんに創さんとの結婚を反対されてしまった私は、帰る車中でも、マンションに帰り着いてからも、どんよりと落ち込んだままだった。
両想いになった途端に、これまでとは比較にならないくらい優しくなった創さんは、相変わらず車中でずっと肩を抱き寄せてくれていたけれど。
心なしか口数は少なかったように思う。
それは、あの場に居合わせた菱沼さんも同じで、おそらく私に気を遣ってくれていたのだろう。
運転手の鮫島さんに至っては、私たちの雰囲気から何かあったと察してくれているようだった。
もうすっかり存在感の薄れてしまっていた愛梨さんがどうしていたのかというと、普段なら昼間は甲羅干しをしながら転た寝するのが日課だが、今日は死に別れた創一郎さんと久方ぶりのご対面で、長い間興奮しきりだったせいか、ぐっすりと熟睡していたようだ。
それでも寝足りなかったのか、はたまたお疲れだったのか、もう既に午後九時を回っているというのに、未だ爆睡中だった。
お陰で、キッチンから見える、いつもは賑やかなはずのだだっ広いリビングダイニングはシーンと静まりかえっている。
キッチンで、まだ使用したことのなかったアルスター型(アルミコーティングされた型)をオーブンで空焼き(することで、型離れや火の通りがよくなり、耐久性もよくなる)しながら、人知れずふうと溜息を零した私は、無意識に呟きを落としていた。
「やっぱり、愛梨さんが居ないと寂しいなぁ」
その声がだだっ広い空間に木霊してなんとも物悲しい。
こんな時間に、一人寂しく、どうしてこんなことをしているのかというと。
創さんは、本物の婚約者となったのだから、何もしなくてもいいとは言ってくれたけれど、じっとしていても落ち着かないし、メソメソしてばかりもいられないから、道具の手入れをして気を紛らわせていたからだった。
創さんもそのことを察してくれているのだろう。
りんごのコンポートをいつものようにソファに座った創さんに抱っこされて、食べさせてもらった時も、恭平兄ちゃんのことを口にしない私に合わせるように、触れないでいてくれた。