拾われたパティシエールは愛に飢えた御曹司の無自覚な溺愛にお手上げです。
伯父のことを色々調べあげ、弱点である『藤倉菜々子』の存在に行き着き、菜々子のことを徹底的に調べ上げ。
初めて菜々子の写真を見た時には、腹違いの姉である咲姫の子供の頃にそっくりで、驚くと同時に、ここまで似るもんなんだなと、感心させられもした。
ーーずっと燻り続けていたこの想いを消化できるかもしれない。反対勢力も抑えられるし、一石二鳥だ。
偶然を装って近づく手立てはないものか。
頭の片隅には、いつしかそんな邪な考えが浮かんでいた。
ちょうど年が明けてすぐの頃だ。
なんとも絶妙なタイミングで、『帝都ホテル』がうちの傘下となることが正式に決定。
俺にとってまたとないチャンスが舞い込んできたことになる。
そうして視察に出向いた際、パティシエールとしてラウンジで客にサービスを提供中の菜々子の姿を目にしたのが初見だ。
第一印象は、童顔な上に、思った以上に小柄だったため。
ーーまんま子供じゃねーかよ。報告書には二十二歳なんて書いてはあるが、間違いじゃなねーのか。まさか、未成年じゃないだろうなぁ。
こっちは休憩時間だが、向こうは仕事中だし、不用意に近づいたりして、顔を覚えられてもマズイい。
そういう事情から、コーヒーだけを頼んで遠くの席から菜々子の姿を眺めていた俺は、傍に控えている菱沼に、思わず小声で聞き返したほどだ。
『おい、菱沼。あの女、まさか未成年じゃないよな?』
『ええ。名簿で確認もしましたので、記載された年齢に間違いはございません。それに、パティシエールになるには、最低でも二年は必要だと伺っておりますし。未成年の者は雇っていないはずでございます』
『……そっ、そうだよな』
菱沼にもっともな言葉を返されてもまだ、半信半疑の心持ちで、手にしたカップを口に運びつつ。
ーー身代わりにするにしても、あれじゃそういう気も起こりそうにないなぁ。
見た目と薄っぺらい書面で知り得た情報だけで、まだ何も知らない人物に対して、なんとも失礼極まりないことを考えていた、ちょうどその瞬間。
ーーガッシャーーーーンッ!!
菜々子の居る辺りから、グラスか何かが割れる派手な音が響き渡った。