拾われたパティシエールは愛に飢えた御曹司の無自覚な溺愛にお手上げです。
何事だ? と、音のした方に眼を向けると同時、菜々子がサービスを提供している若い夫婦の子供と思しき五歳ほどの男児が「わーん」と泣き始めた。
どうやらパティシエールである菜々子の見せるサービスを間近で見ようと、夢中になったその子供がワゴンに触れてしまったらしい。
それでワゴンの上に置いてあった食器が落下し、その音で驚いて泣いてしまったようだ。
見かけた時、こんなところに幼児を連れてくるのもどうかとも思っていたが……。
そういえば、今日は一階にある大広間を貸し切って、政治家の子息かなんかの披露宴があると言っていたから、服装からして、おそらくその親族か何かだろう。
少々騒がしかったのは子供だから仕方ないとして。
けれども、怒るのなら粗相した自分の子供の方だろうと思うのだが、両親はパティシエールである菜々子に向けて激しく怒り始めた。
お客様は神様、なんて言葉があるが、中にはこういう迷惑な客もいる。
運の悪いことに、難ありの客に当たってしまったらしい。
同情しつつ見守っているところに、騒ぎを聞きつけたラウンジの責任者が現れて客に平謝り。
菜々子も一緒に深々と頭を下げ続けている。
これで鎮まるだろう。そう思われたのだが、急に何を思ったのか、責任者の男に耳打ちして、ラウンジから走り去ってしまった菜々子。
ーーおいおい、職場放棄か?
そう呆れ果てていたところに、何かを手にし、すぐに戻ってきた菜々子がワゴンの上でフライパンを熱し始めた。
どうやらさっきのお詫びとして、パティシエールとして、スイーツを使ってさっきとは違ったサービスをお披露目するらしい。
今の今まで大泣きしていた男児もさっきまでの涙はなんだったのかと思うくらい大はしゃぎで目を輝かせている。
両親も子供が泣きやんだ途端何もなかったかのようにすました顔で眺め始めた。