拾われたパティシエールは愛に飢えた御曹司の無自覚な溺愛にお手上げです。


 天下の桜小路グループの御曹司が住んでいるのだから、当然、馬鹿でかいお屋敷を想像するのが普通だと思う。

 それなのに、私の抱いていたモノはことごとく覆されることになった。

 否、今思えば……

 病院のエントランスに、約束の時間きかっかりに現れた黒塗りの見るからに高級そうな車(車好きの伯父によると、数年前に天皇陛下がパレードの時に乗っていた公用車と同じメーカーの車で五千万はくだらないらしい)が横付けされ。

 後部座席から颯爽と現れた、愛想の悪いはずの桜小路さんが、伯母夫婦の元にすっと歩み寄ってきて、伯母の手を両手でそうっと自身の手に包み込むと、ニッコリと微笑みながらに、

「これはこれは、藤倉恭一(きょういち)様に佐和子《さわこ》様、この度は菜々子様のご退院おめでとうございます」

こんなに優しい声が出せるんだ、と感心してしまうくらいの優しい声音が桜小路さんからかけられた。

 ただでさえイケメン好きの伯母は、間近でイケメンフェイスに微笑まれているせいで、心ここにあらず、ぽーっとしてしまっている。

 桜小路さんは、今日もこれまた上質そうな爽やかなネイビーのスリーピーススーツに身を包んでいて、春のあたたかな陽射しを纏っている様は、あたかもキラキラエフェクトを纏ったどこかの国の王子様のよう。

……初見とは一八〇度違っていた桜小路さんの態度に呆気にとられてしまっていたあの時、何か妙だなぁ、とは思ったんだ。

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