拾われたパティシエールは愛に飢えた御曹司の無自覚な溺愛にお手上げです。
本当はどうしてかなんて、そんなこと、自分がよーく分かっている。
菜々子の身体は手に入れることができても、心まで手に入れることが叶わないからだ。
それと、菜々子を人質になんてしてしまったことに対する罪悪感がこれからもずっとつき纏うからに違いない。
生まれてからこれまで、『桜小路家の御曹司』なんて言われてきた俺の周りには、男女問わず媚びへつらうヤツばっかりだった。
女に至っては、臭いとしか思えないような甘ったるい香水を撒き散らしながら猫なで声ですり寄ってくるような、損得勘定しかない尻の軽そうな女ばっかり。
その度にアレルギー発作や蕁麻疹に苦しめられたのも一度や二度じゃない。
そういう女たちに触れられるのが嫌などころか、傍に来られるのも嫌だったくらいだ。
裏しかない女の存在自体がただただ不快でしかなかった。気づいた時には、女を寄せ付けなくなっていた。
なのにどうして菜々子は違ったんだ?
菜々子が傍に居てくれることで、心身共に安定していたからなのだろうか。
だったら、アレルギーだけが原因じゃなかったのかもしれない。
そうじゃなければ、菜々子が元々アレルギー体質でほとんど化粧していないからと言っても、説明がつかない。
そう思うくらいに、菜々子と一緒に暮らすようになってからというもの、今まで当たり前だったことがことごとく覆されていった。
ーーもし今菜々子が居なくなったらなんてことを想像しただけで、目の前が真っ暗になりそうだ。
想像もつかないし、今まで一体どうやっていたかすらも思い出せない。
否、違う。思い出したくないんだ。もう菜々子なしではいられなくなってるんだ。
どうやら俺は菜々子のことを随分と好きになってしまっているらしいーー。
「創様? どうかいたしましたか?」
「ーーあっ、いや、なんでもない」
今までのことをぼんやりと思い返しているうち、人を好きになることがどういうことか思い知らされた俺は、いつの間にか伯父、道隆の見送りから帰ってきていたらしい菱沼の声によって、思い通りにいかない現実世界へと引き戻された。