拾われたパティシエールは愛に飢えた御曹司の無自覚な溺愛にお手上げです。
愛するということ〜創視点〜
ーー当初の予定だと、今頃は菜々子と一緒にゆっくり過ごせるはずだったのになぁ……。
窓の外に広がる、昼の盛りを過ぎようやく傾きかけた陽光をバックに、そんなことを思いつつも、さほど重要でも急ぎでもない書類に目を通しては機械仕掛けのオモチャの如く判をついていた。
それもそのはず、菜々子の父親であり俺の伯父でもある道隆に呼び出されたとは菜々子には言えず、急遽出勤扱いにしたからだ。
あと一月もすれば、菜々子と結婚して、正式な夫婦になれるというのに、あの男のせいで、さっきから、なんだかモヤモヤしてしょうがない。
その上、貴重な休日までが無駄になった。
挙式当日までのこの一ヶ月のために、休日だって返上して連日の残業だって厭わず、山積みだった仕事も精力的に熟していたからこそ、この仕事量で抑えられている。
それだって、菜々子と一緒にゆっくり過ごしたかったからだ。
式の準備にだけ集中できると思っていたのに、あの男このせいで台無しだ。
ーー否、全部自業自得だ。そんなことくらい分かっている。
分かってはいるのだけれど、誰かのせいにせずにはいられなかった。
もしもあの男が菜々子と会って、咲姫の身代わりにしようとしたことなどが菜々子の耳に入れば、せっかく俺のことを受け入れてくれたのに、心変わりされてしまうのが怖くて堪らなかったのだ。
菜々子のことを人質にした時点で軽蔑されてもおかしくなかったのに、俺のことを受け入れてくれた菜々子。
シングルマザーの先輩のことや自分の置かれている不利な状況下で、冷静な判断だってできなかっただろうし。
そんな状況に置かれて、俺とふたりきりにさせられたら、そりゃ好きだと錯覚したっておかしくはないだろう。
それが分かっているからこそ、怖くて怖くてしょうがなかった。
だからこそ、あの男を菜々子に会わせるわけにはいかなかったのだ。
自分で仕向けて置いてなんだが、菜々子にこれ以上辛い想いをさせたくないって気持ちだってもちろんある。
けれどそんな俺の望みも虚しく、菜々子本人の口から、一番聞きたくない言葉を聞かされてしまうことになろうとは、この時点では夢にも思わなかった。