拾われたパティシエールは愛に飢えた御曹司の無自覚な溺愛にお手上げです。
帰宅早々、挨拶もせずに、俺がそんな行動に出るとは思いもしなかっただろう菜々子の必死な声でさえも愛おしい。
小柄な菜々子の身体は、頼りないくらいに華奢で、身長一八五センチの俺の腕に簡単におさまってしまう。
このままずっとこうして閉じ込めておければいいのに……。
そうしたらずっとずっと俺だけのモノにしておけるのに……。
そんな身勝手な思考ばかりが頭の中を占拠していく。
それと同時に、菜々子の笑顔ひとつで、ついさっき憂いもろとも霧散したはずが、どこからともなくまた浮上してきた不安に浸食されそうになる。
自然と、小さな菜々子の身体を抱き竦めている腕にも無意識に力が籠もってしまったようだ。
いよいよ苦しくなってきたのか、菜々子が腕の中で必死に藻掻くようにして俺の胸を押し返してきた。
「……うっ、ぐっ、苦しい……ですッ、てばぁッ! 」
その声にハッとした俺が慌てて力を加減しようとしたその瞬間。
背中を反らせた体勢の菜々子が足元に俺が落としたままのビジネスバッグや菜々子への手土産の入っていたショッピングバッグに足を取られてしまったらしい菜々子の身体がガクンと傾き。
ーー危ないッ!?
そう頭が判断した時には、既に条件反射的に身体は動いていた。
「ーーキャッ!? わぁっ!?」
「菜々子ッ!? おわっ!?」
幸い転倒させることなく、菜々子の身体を抱き込むことができたのだけれど、慌てたせいで、尻餅をついて抱き留めるという、なんとも格好の悪い有様だ。
挙げ句に、せっかく菜々子と一緒に食べようと思って買ってきた旬のフルーツで色鮮やかに彩られたタルトが入っているケーキボックスの上に着地してしまっている。
ちょうど向き合うような格好で、膝の上にちょこんと乗っかっている菜々子とは、正面から顔をつきあわせている状態だ。
お陰で、菜々子が無事なことは一目瞭然で、
「ハァー……よかった」
心底安堵できたのだけれど。
きっと今の俺の表情はこの世の終わりみたいな顔をしているに違いない。
ーーもう散々だ。今日は厄日か何かか?
なんとも情けなくてしょうがなくなってきた。
ーー菜々子にこんな情けない姿をこれ以上見られたくない。
そんな想いに駆られてしまっていたのだ。