拾われたパティシエールは愛に飢えた御曹司の無自覚な溺愛にお手上げです。
俺は、突然の出来事にまだ放心している様子の菜々子の視線から一刻も早く逃れようと、顔をプイッと明後日の方向に固定したまま。
「……今日一日、菜々子と一緒に居られなくて、寂しくてしょうがなかったものだから、嬉しくてつい。はしゃいだりして悪かった。せっかくのタルトも台無しだな。ハハッ」
ボソボソと言い訳じみたことを呟いているうち、あまりに情けなくて、乾いた笑いまでが込み上げてくる。
この場から早く逃げ出したくて、菜々子の身体をそうっと床におろそうとしかけたのだが、それが叶うことはなかった。
何故なら、俺のその声に弾かれたようにハッとした菜々子が、何を思ったのか、俺の胸へと飛び込むようにして抱きついてきて。
「私もッ! 私もすっごく寂しかったですッ! そっ、それに、買ってきてくれたモノには敵わないかもですけど、苺のタルトならありますッ!」
俺のことが不憫だとでも思ったのか、人の好すぎる菜々子らしい、優しい心遣いに救われたのだった。
しかもスイーツに目のない俺のために苺のタルトを用意してくれたんだと思うと、嬉しさも格別だ。
なんて言っても、真意は定かじゃないし、ただ菜々子が作りたかっただけかもしれないが、いいように解釈することにする。
それから、菜々子が『寂しい』と言ったのは、ひとりマンションに閉じ込めてしまっている所為だろう。
そう思うと、胸はチクリと痛みはしたが、もう菜々子の居ない人生なんて考えられないどこまでも卑怯な俺は、都合の悪いことは蓋でもするように気づかなかったことにした。
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そうして現在、場所をリビングのソファへと移し、いつものように菜々子お手製の苺タルトを堪能しているところだ。
勿論、これまで同様、ソファに座った俺の膝上には、恥ずかしそうに頬をほんのりと紅く色づけた菜々子が所在なさげにちょこんと乗っかっている。
この一時があるからこそ、なんだって頑張れると言っても過言ではない。
ーー俺にとっては至福の一時だった。