拾われたパティシエールは愛に飢えた御曹司の無自覚な溺愛にお手上げです。
菜々子お手製の苺のタルトは、あっさりとしたモノを好む俺の好みに合わせて、アーモンドの生地ではなく、カスタードと生クリームに、ヨーグルトの風味を仄かに効かせたものだった。
爽やかな後味がなんともいえず、飽きることなくいくらでも食べられそうだ。
見た目も、カットされた大粒の苺の艶やかな上掛けを纏ったその様は、宝石のように煌めいていて、散らされたミントの鮮やかな緑がいいアクセントになっている。
食べてしまうのがもったいないほどだ。
なにより、菜々子同様にとっても愛らしい。
菜々子が傍に居てくれると思うと、それだけで幸せな上に、こんなに美味しい苺タルトを食べられるなんて、俺は本当に果報者だなぁ。
愛おしい菜々子と一緒に極上の苺タルトを堪能しているお陰で、俺はさっきの大失態も忘れて幸せな心地で過ごしていた。
こうしていると、菜々子に出逢って、一緒に暮らすようになって、菜々子のことを好きだと自覚するきっかけになった、あの日の光景がふいに蘇ってくる。
あの日は確か、フォンダンショコラを作ってもらっていたんだったなぁ。
菜々子に食べさせろと言ったものの、なかなか上手く食べさせることのできない菜々子に、空腹もあって焦れた俺は、菜々子の口にねじ込んでそれを口移しで食べるという、なんとも強引な手段で菜々子のファーストキスを奪ってしまってて。
菜々子にとっては迷惑でしかなかっただろうが、その時に味わったフォンダンショコラは、蕩けるように甘くてほんのりほろ苦くてとびきり美味しく感じられた。
あんなに美味しいフォンダンショコラを食べたのは初めてで、俺はしばし、極上のフォンダンショコラの味の余韻に酔いしれていて。
気づいた時には、いつしか眠ってしまってた菜々子のことを胸に抱き寄せていた俺は文字通り夢心地だった。
それは、その時既に菜々子のことを好きだったからに違いない。
結局、目を覚ました菜々子を怒らせ泣かせてしまうことになって。
そして翌日、菜々子の機嫌をとろうとりんごのコンポートまで用意したのに、菜々子の口から従兄のことを好きだと聞かされ、嫉妬に狂った俺は、ようやく自分の気持ちに気づくことになった。
それまでの俺は……。
裏表のない純粋で人を疑うことのない菜々子に感銘を受けつつも、馬鹿にしてみたり。
何をするか分からない危なっかしい菜々子を茶化したりして面白がりつつも、目が離せなかったり。
男に免疫のない初心な菜々子の反応が見たくて、わざと羞恥を煽ったり、からかってみたり。
小学生の男子が好きな女子を苛めるようなそんなモノばかりだったように思う。
そのどれもこれも、菜々子にとっては迷惑でしかなかっただろうと思うが、俺にとっては菜々子との暮らしは、本当に楽しくてしょうがなかった。
ーー誰かをこんなにも愛おしいと想う日が訪れるなんて、菜々子と出逢う以前には、思いもしなかったことだ。