拾われたパティシエールは愛に飢えた御曹司の無自覚な溺愛にお手上げです。
何故なら、母親を亡くして、継母が現れて、腹違いの弟ができたりと、家族が増えても、そこはもう自分の居場所じゃない気がして。
カメ吉と菱沼さえ傍に居てくれたら別に寂しくもない。
いつからか、そんな風に強がって、殻に閉じこもって、誰かと関わることをずっと避けてきたからだ。
それはおそらく、大好きだった母親を失ったことで、知らず知らずのうちに、また大事な人を失うことを恐れていたからだったんだろう。
今にして思えば、本当に我が儘な子供だったと思う。
そう思えるようになったくらいには、菜々子と暮らす以前よりかは、少しは成長できたんだろう。
今、俺がそう思えるようになったのも、菜々子のお陰だ。
ーー愛おしくて堪らない菜々子が望むことならなんだって叶えたいと思う。
酷く懐かしく思うのに、あれから、まだたった一月しか経っていないんだなぁ。
そんな感じで、幸せな一時のなか感慨に耽ってしまっていた俺の耳に、愛おしい菜々子のどこか遠慮がちに放たれた可愛らしい声音が舞い込んできたのだが。
「……あのう、創さん? 私、結婚式の前に、道隆さんと一度会ってみたいんですけど、ダメでしょうか?」
それはまさに、今一番聞きたくなかったモノ。
俺はあまりのショックに、頭を鈍器ででも殴られてしまったかのような凄まじい衝撃を食らってしまっていた。
いつもの俺なら、絶対に有無を言わせるような猶予も与えなかっただろうし、高圧的な口調で跳ね返していただろうが。
きっと色々悩んだ末に結論を導き出したのだろう、菜々子の気持ちを思うと、突っぱねることなどできる訳もなく。
不安げに円らな瞳をゆらゆらと揺らめかしながら、泣きそうな表情で俺の反応を窺っている菜々子に向けて。
「……そうか、分かった」
それだけ告げるのがやっとだった。
複雑な俺の心情など知るはずもない菜々子は、途端にホッとしたように俺の胸へ顔を埋めてギュッと抱きついてきて。
「……本当はまだちょっと怖いんですけど、これからは親族として顔を合わせることもあるだろうし。私、ちゃんと創さんの奧さんになれるように頑張りますから」
「……あぁ」
俺のために、どこまでも健気なことを言ってくれた菜々子の言葉に、なんとか応えはしたが、それ以上何かを口にすると、泣き出してしまいそうだった俺は、ぎゅうぎゅうと菜々子の身体を掻き抱いたまましばらくの間は動くことさえもままならなかった。
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日付は変わって翌日の月曜日。
俺は桜小路家の当主である親父に会うため、桜小路グループの中枢である丸の内の本社社屋、その最上階に位置する会長室を訪ねていた。
愛してやまない菜々子のために、親父にあることを頼むために。