拾われたパティシエールは愛に飢えた御曹司の無自覚な溺愛にお手上げです。
王子様からの贈り物
朝、いつものようにキッチンで朝食の準備に励んでいると、これまたお決まりのようにサイドテーブルの上の水槽から愛梨さんの声が響き渡った。
【ねぇ、菜々子ちゃん? 創がまだ起きてきてないようだけど、まだ眠ってるのかしら?】
どうやら朝に弱い息子である創さんが、出勤する時間になっても姿を現さないものだから、案じているようだ。
昨日は思いがけず嬉しいことがあって、いつもに輪をかけて元気いっぱいだった私は、頗る元気な声を放っていた。
「あぁ、大丈夫ですよ。なんでも、結婚式が終わったら仕事が忙しくなっちゃうとかで、新婚旅行もすぐには行けそうにないらしいんですけど。その代わり、ご当主の配慮で、今日から一週間、急遽お休みをもらえることになったらしいんです」
説明を終えた私は、ついさっき挽き終えたばかりのコーヒーの粉に、適温に沸かしてあったケトルのお湯をそうっと静かに注ぎながら、鼻歌なんか歌ってしまっている。
ドリップしたばかりのコーヒーのなんともいえない芳ばしい香りが鼻腔を擽り、思わずうっとりと目を細めて。
「あ~、いい香り~」
なんて呟いちゃっている始末。
そんな上機嫌な私をよそに、愛梨さんはどこか寂しそうな声音で。
【……そう。あの子なりにけじめをつけようとしてるのかもしれないわねぇ】
独り言でも呟くようにしてボソボソと小さな声で、何かを口にしていたようだったけれど。
鼻歌を歌いながら独り言ちていた私には、ハッキリ聞き取ることなどできなかった。
気になった私が、すぐに聞きかえしてみても。
「……? 愛梨さん? どうかしましたか?」
【ううん、何でもないのよ。こっちの話】
結局、愛梨さんが何を呟いていたのか分からず終いだった。
けれども、どうやらカメ吉に転生している愛梨さんだからこそ、想うところがあるようだ。
【親なんて無力なものよねぇ。こんなに近くに居たって何もしてあげられないんだから】
「……」
いつも底抜けに明るい愛梨さんらしからぬ憂いを孕んだ寂しげな声音に、何かを返したくとも、どういって声をかけていいかが分からない。