拾われたパティシエールは愛に飢えた御曹司の無自覚な溺愛にお手上げです。
エントランスで伯母夫婦に見送られつつ病院を後にして、それから小一時間ほどで目的地へと到着した。
きっと都会の綺羅びやかな夜景が一望できるのだろう、天高く聳え立つタワーマンションの地下駐車場へと辿り着いた車の後部座席で、シートベルトをぐっと握りしめた私が、予想が外れたことに呆然としていると。
「何をぼさっとしているんだ? 降りるぞ」
私の隣で上質なシートにふんぞり返るようにして深く身体を沈めて厭味なくらい長い足を組んでいた桜小路さんから、初見の時と何ら変わらない不機嫌そうな不遜な声が放たれた。
道中ずっと愛想なくムスッとしてたから、どうやらこっちのほうが通常モードのようだ。
その声で、ようやく正気に戻った私が、
「あの、住み込みって聞いてたんで、てっきり大きなお屋敷だと思ってたんですが」
それにしたって、伯母夫婦の前と態度が違いすぎませんかね? と言いたいのを我慢しつつ出した言葉に。
年配の運転手さんが開けてくれた後部座席のドアから降りようとしていた桜小路さんからは、さっきよりも不機嫌そうな声が飛び出してきた。
「なんだと? ここじゃ不服だとでも言いたいのか?」
「そっ……そうじゃなくてっ。大きなお屋敷で沢山の使用人の方とも一緒だと思っていたので、違っててビックリしちゃって」
違う意味に捉えたらしい桜小路さんにも分かるように、慌てて言い直してはみたけれど。
フンッと鼻を鳴らした桜小路さんから、
「何を今更。既に菱沼から説明は聞いているはずだ。その説明に納得したから書類にも捺印してもらったと記憶しているが」
「……ッ」
至極もっともな言葉が返ってきて、何も返せなくなってしまい、私は肩を落としてぐっと押し黙るしかなかった。
「菱沼、そうだったよな?」
それなのに、追い打ちでもかけるように、助手席の菱沼さんにバトンタッチされる始末。