拾われたパティシエールは愛に飢えた御曹司の無自覚な溺愛にお手上げです。

 朝食後、それぞれに身支度を済ませた私たちは、都心のビルの上層階にある、”都会のオアシス”をコンセプトに造られたという水族館に来ていた。

 エリアが海中・浜辺・天空の三つのテーマに分かれていて、テーマにちなんだ演出のなされた館内は、都会のビルの中にあるとは思えない、非日常を味わえる癒やしの空間となっている。

 ここに来るまでの車の中では、創さんにプレゼントしてもらった着慣れないクラシカルな淡いブルーのフレアワンピースの足元がスースーして落ち着かなかった。

 勿論、後部座席に隣り合わせで座っている創さんの、見慣れたスーツ姿ではなく、真っ白なTシャツの上に爽やかなネイビーのコットンジャケットを羽織っただけだというのに、ファッション雑誌から抜け出したんじゃないかと思うくらいに格好良すぎる創さんに、緊張してしまっているというのもある。

 でもそれだけでなく、今日は一日中、ふたりきりなのかとドキドキしていたのだが、鮫島さんの運転するいつもの黒塗りの高級車だったので、ホッとしたようなちょっぴり残念なような、そんな心持ちでもあった。

 けれども、そんなことよりも、車に乗ってすぐに創さんに肩を抱き寄せられて。

『俺の車でもよかったんだが、そうしたら運転中、菜々子に触れられないから鮫島に頼んだんだ。脇見運転して事故っても困るしな』

 耳元でそう囁かれて、たちまち真っ赤になってしまった私の頬に、チュッと軽く口づけた直後に。

『こういうこともできないしな』

 そんなことを囁かれてそのまま膝の上にゴロンと頭をのっけられてしまえば、もう何かを考えるような余裕など霧散していた。

 まぁ、そんなこんなで、初デートとあってか、これまで以上の溺愛モードとでも言おうか、激甘の創さんとの記念すべき初めてのデートがスタートしたのである。

 慣れというのは恐ろしいもので、あんなに緊張しまくりだったというのに、いざ水族館に足を踏み入れてしまえば、無邪気な子供のようなはしゃぎっぷりを創さんに披露していた。

 因みに、現在私と創さんが居るのは屋上にある天空エリアだ。

「うわぁ!? 凄いッ! 創さん、創さん。本当にペンギンが空飛んでますよッ!」
「ハハッ、そんなに何度も説明してくれなくても見れば分かる」

 興奮しきりの私は、マップを片手に館内をエスコートするように私の腰に手を回して歩く創さんの腕をぐいぐい引っ張って、さっきから、抜けるように鮮やかなスカイブルーの空を水槽に閉じこめたかのように見える透明のトンネルの中を、気持ちよさげに泳ぐペンギンの姿に魅入っている。
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