拾われたパティシエールは愛に飢えた御曹司の無自覚な溺愛にお手上げです。
もうここまで来たら、ちょっとやそっとのことじゃ驚かない自信だってある。
私はどこか達観したような心持ちで、愛梨さんの話に神経を傾けていたのだった。
【自分が幽霊だってことは理解しているの。といっても、正直自分がこれからどうなっちゃうのかなんて分からないんだけど。もう時間がないんだってことはなんとなく分かるわ。
おそらく、私の場合は、まだ幼かった創のことがどうしても気にかかっていたのね。私が居なくなってからずっと殻に閉じこもって他人を寄せ付けようとしなかった創が、菜々子ちゃんに出逢ったことで、色んなことに気づいて、思い悩んで、やっと独り立ちできた。
だからもう思い残すことがなくなったんだと思うわぁ。まぁ、やっと子離れができたってところかしらねぇ】
(……そんな)
【この一ヶ月、本当に楽しかったわぁ。ありがとう。そのお礼に、創が乗る予定の飛行機、当分飛ばないようにしてあるから安心してちょうだい。くれぐれも、もう事故なんかに遭わないように、気をつけて向かってちょうだいね?】
(……ええッ!? ちょっ、ちょっと待ってください)
【あっ、私、湿っぽいのは嫌いだから、泣くのはなしよ。じゃあ、創と幸せにね。それじゃあ、行ってきま~す】
当然、全てを理解しきれないながらも、いよいよお別れなのだというのを愛梨さんの言葉から察して、けれどまだお別れなんてしたくなくて、思わず引き留めてしまった私の言葉も虚しく。
一瞬、視界の中に煙でも立ち昇るようにして靄がかかると同時、創さんの部屋で目にした愛梨さんの肖像画と瓜二つの綺麗な女性の姿がおぼろげに浮かび上がった。
けれどもすぐさま、全ては霧散するように靄が砕け散ったかと思えば、次の瞬間には、あたかも幻だったかのように跡形なく消え去っていて。
明るい声を置き土産に、愛梨さんはいきなり現れたときと同じように、忽然と居なくなってしまったのだった。
ついさっきまでここに居た愛梨さんはカメ吉だった時とは違い実態がなかったから、その言葉が正しいかどうかは別として。
心の中にぽっかりと穴が空いてしまったようで、言いようのない寂しさを覚えた私は知らず知らずのうちに涙を流していた。
「……おいおい、今度は泣いてたのか? 今、空港に問い合わせたら、なにやら機体に不具合があったとかで、暫くは飛べないらしいから安心しろ」
そんな私のことをぎょっとしたような表情で見やった菱沼さんからのえらく優しい声で、愛梨さんの言葉が現実のものになったことを知った。