拾われたパティシエールは愛に飢えた御曹司の無自覚な溺愛にお手上げです。
瞬間、だだっ広いリビングダイニングがシーンと静まり返り、なんとも言えない重苦しい空気が立ち込めている。
その数十秒後、「はぁー」という盛大な溜息が菱沼さんと、ずっと静観していたはずの桜小路さんの口からも吐き出された。
ほどなくして、菱沼さんから矜持というのがプライドのことだというのを教えてもらい。
「た、確かに。さっきまでは、ちょっとやる気がなくなってました。でも、私だって、まだまだ新米ですけど、プロのパティシエールとしてのプライドくらい持ってますッ!」
随分遅すぎる反論を返したところ。
「だったらお前の、その、パティシエールとしてのプライドとやらを見せてもらおうか」
意外にも素では熱い人だったらしい菱沼さんの言葉に、感化され、焚きつけら。
続いて、爽やかなブラウンのショートマッシュの無造作ヘアをツンツン弄りながら、どうでもよさそうに、桜小路さんが放った、
「……まぁ、別に、スイーツなんて誰が作っても同じだろうし。俺は、端《はな》から期待なんてしていなかったがな」
この捨て台詞に、パティシエールとしてのプライドに火を付けられてしまった私は、
「望むところですッ! 家事も完璧にこなして、美味しいスイーツで桜小路さんの舌をうならせて。一週間後には、専属のパティシエールとして正式に雇ってもらいますから、そのおつもりで」
すっくと立ち上がり、腰に手を当て、声高らかに宣言していたのだった。