拾われたパティシエールは愛に飢えた御曹司の無自覚な溺愛にお手上げです。
「カメ吉、ご飯の時間だよ」
なんでも特注で作らせたという、カメ吉専用の浅くて広い水槽の中に再現された風光明媚な和風庭園。
その中央にある大きな池の中の立派な青石の上で甲羅干しをしているカメ吉に、エサをあげながら……
――いくら余裕がなかったからって、さすがに頭突きはマズかったよね?
桜小路さんは、私が処女だと知らなかったんだし。口が悪いのは元々のようだし、別に悪気があって言った訳じゃなかったんだろう。
それなのにあんなこと言っちゃって、処女だっていうのがバレバレだし。恥ずかしすぎる。
ちゃんと謝らないといけないっていうのに。どんな顔をすればいいかも分からない。
――もうずいぶん時間も経つから、謝りたくても、きっともう出勤して居ないだろうし。時間が経つほど気まずくなるんだろうなぁ。どうしよう……。
あーでもないこーでもないとウジウジしてた私の意識に突如すーっと、
【だったら、お詫びも兼ねて、とびきり美味しいシフォンケーキを作ってあげるといいわ】
そんな言葉が浮かんできて。
――あーっ、そうだった! スイーツに目がないって言ってたし。いいかも。
あ、でも、『紅茶の茶葉が入ったシフォンケーキが食べたい』って昨夜言われて、茶葉の種類を選ぶのに、好みを訊いても、『お前のセンスで自由に選んでみろ』そう言われて迷ってたんだった。
昨夜の桜小路さんの言葉を思い返していると、またまた意識にすーっと、
【ダージリンのセカンドフラッシュ(五月下旬~六月下旬にかけて収穫されたもの)なんてどうかしら。ホイップクリームには春らしく桜のリキュールなんか入れたりして】
そんな言葉が浮かんできて。
――あっ、確かさっき見たような気がする。そうと決まれば、まずは試作だ!
もうそのことで頭の中はいっぱいで、ウジウジしていたのなんてすっかり忘れて、私はキッチンへと駆けだしていた。