拾われたパティシエールは愛に飢えた御曹司の無自覚な溺愛にお手上げです。
その甲斐あって、入れ違うことなく運転手さんに無事シフォンケーキを渡すことができたのだった。
実は昨日、私が到着した車の中で話が違うとごねたため、迷惑をかけてしまっていたのに何も言えずじまいだったから、気になっていたのだ。
当の運転手さんは、酷く驚いて恐縮しきりだったけれど、最後には笑顔で受け取ってくれて、ほっと一安心。
戻ると、さぞかし怖い顔で待ち構えていると思っていた菱沼さんは、既に部屋の中に戻っているようだった。
なのに、なぜか玄関ホールには仏頂面の桜小路さんの姿だけがあって、私はそのまま桜小路さんからお叱りを受けることになってしまったのだ。
まぁ、当然だろう。
「お前は猪かッ! 俺が機転を利かせて鮫島(運転手)に電話してやったから良かったもののッ」
「えっ? そうだったんですか? ありがとうございます。それから、今朝はすみませんでした」
お叱りの途中で、ついうっかり口を滑らせたらしい桜小路さんが浮かべた、『あっ、ヤバい』っていうような表情と、意外なはからいには驚かされたが、お陰で朝のことも謝ることができてめでたしめでたし。
――もしかしたら、桜小路さんも朝のことを気にしてくれていたのかもしれない。だからひとりで待ってくれていたのかも。
そう思っていたタイミングで。
「……あぁ、いや、あれは……俺も、悪かった」
「ーーッ!?」
急に視線を伏せた桜小路さんから、バツ悪そうにボソボソと小さな声だったけれど、確かに謝ってもらって、吃驚した私は声を失ってしまっていた。
どうやら本当に気にかけてくれていたようだ。
無愛想で口が悪かったりするけど、やっぱり悪い人ではないのかもしれない。
まだ桜小路さんと同居したばかりで、知らない事だらけだけど、ただ面と向かって、そういうことを口にできないだけなのかも。
まるでそれを裏付けるようにして、すぐに、全部払拭するように、安定の無愛想で不遜な桜小路さんの声が響き渡った。
「そ、それよりッ、シフォンケーキはできてるんだろうな?」
「もちろんですッ!」
そうして現在、ダイニングチェアーに座った桜小路さんが私が用意したとびきりのシフォンケーキと対峙しているところだ。
テーブルの傍で立っている私は緊張感に襲われ、身体にくっつけた拳をぐっと握りしめた。