拾われたパティシエールは愛に飢えた御曹司の無自覚な溺愛にお手上げです。
今度は、薄桃色のホイップクリームと一緒に口に運ぶ桜小路さんの姿が視界に入ってきた。
その直後、安定の無愛想な不遜な声が響き渡った。
「おい、お前、このシフォンケーキにダージリンのセカンドフラッシュを使ってるな?」
「……あぁ、はい、そうですが……っていうか、一口食べただけでそんなことまで分かるんですかッ!?」
茶葉の種類だけならともかく、そんなことまで言い当てた桜小路さんに驚愕しつつ思わず聞き返すも。
「そんなことはどうでもいい」
苛立った声で一蹴されてしまい。あまりの気迫に萎縮した私が、
「す、すみません」
謝るも、そんなことよりも、シフォンケーキのことが気にかかるらしく。
「それより、どうしてこの茶葉を使おうと思った? それに、このホイップクリーム、桜の風味だよな?」
矢継ぎ早に質問されて。
「……え、あぁ、はい。華やかな香りのほうが春らしくていいと思ったんですが、やっぱり主張しすぎてましたか? かなり控え目にしたつもりですが」
「……そうか」
質問しておいて、聞いた途端興味が失せたように、一言呟いたきり黙りこくってしまった。
それからは黙々と食べ進めてやがて食べ終えると。
「悪いが、夕飯は要らない」
「もう休まれますか?」
「あぁ」
「お風呂の準備なら整っておりますので」
「あぁ」
桜小路家に代々仕えているらしい菱沼さんと長年連れ添った夫婦のようなやりとりを交わしたあと、桜小路さんはリビングから出ていってしまった。
結局、お気に召したのかどうなのか何も分からないまま、初日の業務が終わるのか、そう思っていた矢先。
「心配するな。別に口に合わなかったわけじゃない。おそらく、創様のお母様が作っていらしたシフォンケーキと味がよく似ていたせいで、五歳の頃に亡くされたお母様を思い出してしまわれたんだろう」
桜小路さんが座っていたダイニングチェアを元に戻しながら菱沼さんが放った予期せぬ言葉に、食器を片そうとしていた私は危うく手を滑らしそうになった。