拾われたパティシエールは愛に飢えた御曹司の無自覚な溺愛にお手上げです。

【まぁ、それは良かったわねぇ】
「はいッ!」
【それにブランマンジェ、美味しそう。私も食べてみたいわぁ】
「あっ、良かったら食べてみてくださいよ……って。ええッ!?」

 桜小路さんの言葉があんまり嬉しかったものだから、はしゃぎまくりだった私は夢中で喋っていたんだけれど、途中で、今更だけど、ハタと気づいたのだった。

――私って、一体誰と話していたんだっけ? と。

 ブンブンと頭《かぶり》を振って辺りを見渡してみても、当然誰も居なくて。唯一今ここに居るとしたら、水槽の中のカメ吉だけ。

 水槽を煌々と照らしている紫外線ライトのその下で、ゆったりとした動作で首を傾げて、こちらをじっと窺っているような素振りを見せるカメ吉。

 意外と円らな潤んだ瞳をパチクリ瞬かせているカメ吉と、対峙し見つめ合うこと数秒。

――いやいやいや、ないないない。だって、亀だもん。

 そういえば、事故に遭ってから三日間も意識なかったらしいし。退院したばかりだったし。環境もめまぐるしく変わったし。ちょっと疲れてるのかも……。

 でも、そろそろブランマンジェの準備をしないとなぁ。冷やし固める時間を考えたら、遅くとも午後一時までには冷蔵庫に入れとかないと。

 今が、一〇時五〇分を回ったところだから、もうちょっとだけ休憩しようかな。

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