拾われたパティシエールは愛に飢えた御曹司の無自覚な溺愛にお手上げです。
菱沼さんに説明を受けてはいるんだけれど、私たちの居るソファの傍に置かれている小洒落たサイドテーブルの上には、カメ吉こと愛梨さんが入った外出用の水槽が置かれている。
私からすると、菱沼さんと愛梨さんと三人で喋っている格好となる。
というのも、少しでも桜小路さんの傍に居たいという愛梨さんに泣く泣く懇願されて、私がお連れしているからだった。
どうも話に夢中になって、愛梨さんの言葉にも応えてしまっていたらしい私の様子が、菱沼さんにはふざけているように見えてしまったんだろう。
「なんなんだ? お前は。創様が大変な目にあわれたというのに、さっきからブツブツと」
「あー、それはだって、そんなこと知らなかったんで、吃驚しちゃって。私、吃驚するとブツブツいうクセがあって」
「はぁ? なんだと、チビ。お前は人をおちょくってんのかッ!」
「いえいえ、そんな。滅相もない」
なんとか上手に誤魔化すつもりが、菱沼さんを余計に苛つかせ、とうとう怒らせてしまったようだ。そこへ。
「うるさい、黙れッ!」
ソファでふんぞり返って、我関せずといった様子で、優雅にコーヒーの入ったカップを傾けていたはずの桜小路さんが怒声を放ち。
「私としたことが、申し訳ありませんでした」
「す……すみませんでした」
ようやくだだっ広いリビングダイニングが静かになったと思いきや。
「もういい。それより、お前はここに来て一度も化粧をしていないようだが、どうしてだ?」
「ーーへ!?」
唐突に桜小路さんから、化粧っ気のない私へと質問が投げかけられても、なんの心づもりもできていなかった私は、頓狂な声同様、鳩が豆鉄砲でも食らったような間抜けな顔をしているに違いない。