拾われたパティシエールは愛に飢えた御曹司の無自覚な溺愛にお手上げです。
まともに話したのだって、さっきが初めてじゃないのかってくらい、いつも自分に関心のないことに対しては、素知らぬ素振り。
口を開いても、感じの悪い言葉や、『あー』とか、『いや』とか、必要最低限の言葉しか返ってこないのに、さっきはやけに饒舌だったことにも驚きだったけれど。
それは桜小路さんがそれほどスイーツが好きだと言うことなんだろう。
そしてなにより、桜小路グループの専務を務めているだけあって、口ぶりはやっぱり、上に立つ立場だからか、上からではあるものの、『申し分ないな』という言葉に、私の喜びはピークに達していた。
これが俗に言うツンデレというものだろうか。
いつも素っ気ない無愛想な人に褒められると言うことがこんなに嬉しいものだとは思わなかった。
単純な私はあまりの嬉しさにじーんとしてしまい、目にはうっすらと涙まで滲ませている始末。
そこへ、サイドテーブル上のすっかり存在を忘れていた愛梨さんからもお声がかかり。
【まぁ、良かったわねぇ】
「は……はいッ! ありがとうございます!」
「それだけのことで泣くとは、大げさなヤツだなぁ」
愛梨さんのお陰で、ハッと我に返った私は目一杯元気な声で答えていた。
それを菱沼さんに失笑混じりの呆れた声で吐き捨てられてしまったけれど、そんなものなど霞んでしまっていた。
そこに桜小路さんから待ちに待った言葉が舞い込んでくるのだった。
「約束通り、あの言葉は撤回してやる。よって、お前は今から俺の専属パティシエールとして本採用にしてやる」
「ほっ……本当ですかっ!?」
「あぁ」
「ありがとうございますッ!」
一週間だったはずの試用期間が、なんと二日目にして、本採用になるという快挙を成し遂げたことに、これ以上にない喜びを噛み締めて涙ぐむ私に向けて、桜小路さんはキッパリと言い切った。
「いや、実力に見合った扱いをしているだけだ。礼を言われるようないわれはない」
さすがは桜小路グループの御曹司、なんとも潔い物言いだった。
なによりもパティシエールとしての実力を重視して本採用にしてくれたということらしい。
そんな風に言ってもらえると思わなくて、もう感激しきりで、胸がいっぱいだ。
とうとう目尻から涙の雫がポロリと零れはじめた。
それを手の甲でそっと拭おうとしている私の耳に、あたかも菱沼さんと明日のスケジュールの確認でもしているかのような口ぶりの桜小路さんから、信じられない言葉が飛び込んでくるのだった。
「それからお前には、これから、俺の結婚相手として相応しい振る舞いをしてもらわないといけない。色々大変だろうがよろしく頼む」