拾われたパティシエールは愛に飢えた御曹司の無自覚な溺愛にお手上げです。
いやいや、でも、待って。そんな素振りは全くなかった、と思う。
なら、愛梨さんのいうように私の作ったスイーツの虜になったってことなのかな?
でも、そんなことで結婚までしちゃうかな? 否、しないでしょ? 普通。
でも待てよ。普通はしないだろうけど、桜小路さんちょっと変わってるとこあるし、そうなのかも。
……なら、丁重にお断りしないといけないよね。うん。
「あの、桜小路さん、お気持ちは嬉しいんですけど、結婚にはお応えできません。なので、これからも専属のパティシエールとしてよろしくお願いいたします」
けれども私の言葉に対する桜小路さんの返答は、私の予想の斜め上を遙かに上回っていた。
「あぁ、勘違いしないでくれ。これは決定事項だ」
「『決定事項』って、そんなこと一言も聞いてません。話が違うじゃないですかッ!」
「まぁ、どうしても嫌だというのなら仕方ないが。そうなると、専属パティシエールではなく、『帝都ホテル』でパティシエールとして働いてもらうことになる。そうなれば、お前のシングルマザーの先輩には辞めてもらうことになるが。それでもいいなら、好きにしろ。後は菱沼から聞いてくれ」
「そっ、そんな横暴なッ!」
初見の時と同様の脅迫まがいな言い草に怒り心頭に発する、で私が発した怒りにも、桜小路さんは我関せずといったご様子で。
何も受け付けないと体現するかのように立ち上がり、
「俺は風呂に行く。菱沼、後は任せた」
それだけ言い残すと、素知らぬ顔でこちらに背を向け、だだっ広いリビングダイニングから足早に出て行ってしまった。
「はい。承知いたしました」
静まりかえった広すぎる空間には、菱沼さんの声の余韻と、なす術なく途方に暮れた私が放つ哀愁だけが漂っていた。
息子のあんまりな態度に、さすがにバツが悪いのか、いつもおしゃべりな愛梨さんはやけに無口だった。