拾われたパティシエールは愛に飢えた御曹司の無自覚な溺愛にお手上げです。

 どうしてそんな話を菱沼さんが私にしているかというと、それは桜小路さんが私のことを結婚相手に選んだというか、利用しようとしている理由にあった。

 まず、私の父親は、桜小路さんにとっては、伯母(ご当主であるお父様の姉・桜小路貴子(たかこ))の夫、つまり伯父(婿養子・道隆《みちたか》)にあたる。

 その人というのが、少々厄介な人物らしい。

 数年前、先代のご当主が亡くなって以来、人格者で優しいご当主であり現会長である創一郎《そういちろう》さんの人の好さと、自身の社長職という立場を利用して、あれこれ口を出し、自分の意のままにしているのだという。

 そしてなにより厄介なのが、自分が婿養子であるせいか、ご当主の実子である創一郎さんとその息子である桜小路さんのことをよくは思っていないらしい。

 それ故に、桜小路さんの継母と裏で手を組んで、弟である創太《そうた》さんを次期当主にしようと企てているそうだ。

 それと私との結婚に何が関係しているのかと訪ねたところ……。

「お前の父親は貴子様との結婚後にお前の母親と不倫関係になり、お前をもうけている。そのことを知れば、プライドの高い貴子様は離婚すると言い出すだろう。そうなれば、今まで手にしてきた地位も名声も水の泡だ」

 そう言ってきた菱沼さんはそこで一旦話を中断し、混乱気味の私に意味ありげな視線を寄越してきて見据えながら、

「お前には、わからないだろうが、地位や名声を手に入れるために婿養子として長年耐えてきたんだ。みすみす棒に振るようなことはしないだろうからなぁ。それが桜小路グループとくれば、なおさらだ」

同じ男として思うところがあるのか、同情するような口ぶりで語っていたけれど、そんな身勝手な男の言い分なんてどうでもいい。

 今知りたいのはその先の事だ。
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