拾われたパティシエールは愛に飢えた御曹司の無自覚な溺愛にお手上げです。

 その代わり、桜小路さんから続け様にお見舞いされた、

「詳細は菱沼から聞いたと思うが、今夜からお前には俺の寝室で寝起きしてもらう。ちょうどいいからこのまま連れてってやる。落とされたくなかったら、大人しくしていろ」

このやけに楽しそうな声によって、尚も追い打ちをかけられてしまうのだった。

 それにより全身を真っ赤に染めた私は、菱沼さんから聞かされた偽装結婚を装うためのシナリオの一部を思い出し、ボンッと火を噴きそうなくらい真っ赤になって身悶えることしかできないでいた。

 その偽装結婚を装うためのシナリオというのは……

 第一段階として、まずは、今日初めて会った桜小路さんの継母である菖蒲《あやめ》さんに、専属パティシエールである私が桜小路さんとただならぬ関係であるというのを印象づけるため、これから一ヶ月かけて、徐々にそういう雰囲気を匂わすために、寝室を共にすること、だった。

 他にもまだあるのだが、恋愛経験の全くない私には、とてもじゃないがこんなミッションをクリアすることなんてできそうにないことだけは確かだ。

 けれど桜小路さんはそんな私の懸念など全く意に介していない様子で、私との身重差が三〇センチというなんとも羨ましい一八五センチという高身長を活かして、チビの私をあっという間にお姫様抱っこの体勢に変えてしまっている。

 そしてスタスタと寝室に向けて歩き出してしまった。

【創は昔から照れ屋なところがあったから、きっと言えないだけで、菜々子ちゃんのことが好きなんだと思うわぁ。頑張ってね~】

 私が処刑台にでも送られるような心地でいるというのに、空気を読めない愛梨さんのやけにキャピキャピした声が無情にも響き渡っていた。
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