拾われたパティシエールは愛に飢えた御曹司の無自覚な溺愛にお手上げです。
吐息のかかりそうな至近距離で、視界いっぱいに映し出されている、超絶不機嫌そうなイケメンフェイスの迫力ったらなかった。
あんなに騒ぎまくっていたはずの心臓が緊急停止して、息の根を止められるかと本気で思ったくらいだ。
そうはいっても、人間というのはそう簡単には死なないらしく、今もこうして生きているのだけれど。
そんなくだらないやりとりを脳内で繰り広げていると、桜小路さんがふっと意味ありげな笑みを零した気配がした。
見やると、桜小路さんの切れ長の瞳が怪しい光を放っていた。
厳密にはそう見えただけなのだが、とにかくそう思った時には、私の耳たぶに唇を寄せてきた桜小路さんに耳を擽るようにして、
「朝から喚いて、俺の安眠を妨害するとはいい度胸だなぁ。そんなに俺に口を塞がれたいか?」
なんとも意地の悪い声音で囁かれてしまっていたのだ。
いくら恋愛経験の皆無な私でも、放たれた言葉の意味くらいはすぐに理解できた。
……といっても、昨夜、『飽きない』とか『つい、構いたくなる』とかなんとか言ってたくらいだ。
きっとフリだけで、こういうことに免疫のない私のことをからかっているだけなのだろう。
そうだと分かっていても、背筋がゾクゾクするような妙な感覚に襲われてしまい、得体のしれないその感覚に全身が呼応するようにさざめいて、なんだか無性に恥ずかしくなってきた。
自分で見ることはできないが、きっと顔どころか、全身真っ赤になっているに違いない。
そんな私のことなどまるで無視で、桜小路さんは私の顔のすぐ左側に手をドンッと突いてきた。
挙げ句に、もう片方の手では、しっかりと顎を捉えられ、気づいた時には、私は完全に逃げ場を封じられていたのだった。
その不機嫌そうな口調といい、表情といい、どうやら安眠を妨害されて随分とお怒りらしい。
けれどなんだろう……。昨夜と雰囲気が随分と違っているような気がするのは。
ひょっとすると、ただ寝起きが悪いだけなのかもしれないが、不機嫌オーラを醸し出している桜小路さんの雰囲気からして、フリだと予想していた私の見当はどうやら外れ、危機的状況に追い込まれているらしい。