拾われたパティシエールは愛に飢えた御曹司の無自覚な溺愛にお手上げです。
不敵な王子様からの宣言

 そういえば確か事故の時もそうだったけど、人間という生き物は危機的状況に追い込まれると怖いもの見たさでも発揮されるのか、案外冷静に、事の成り行きを目で追ってしまう習性があるらしい。

 現に私も今、吐息を感じるほどの至近距離に迫っている桜小路さんのイケメンフェイスをしっかりと見つめている。

 否、正確には、どうしていいかが分からないものだから、目を離せないと言った方がいいかもしれない。

 けれどそんな均衡状態を保っていられたのも、ほんの数十秒ほどの短い間だけのことだった。

 尚もジリジリと私との距離を詰めてきた桜小路さんの迫力満点のイケメンフェイスと、逸らされる気配のない強い眼差し、呼吸のたびに微かに感じる熱い吐息。

 この状況からどうにかして逃げ出そうにも、一ミリでも動いてしまったら、桜小路さんの唇と私の唇とが触れ合ってしまいそうだ。

ーーもう無理ッ! 誰か助けてッ!

 追い詰められた私は、せめて現実逃避しようと、瞠目したままだった目をギュッと閉じるのだった。

 すると至近距離の桜小路さんからフンと鼻を鳴らす気配がして、反射的に首を竦めた私がじっと耳をそばだてていると。

「そんなに怖がらなくても、今すぐ襲ったりはしないから安心しろ。今後のためにも、お前がどんな反応をするか確かめただけだ」

 相も変わらず私のことを組み敷いたままでいる桜小路さんから、お決まりの無愛想で不遜な声が降ってきた。

 その言葉に、色々気になるモノが混じっていた気もするけど、私の反応を確かめただけだったみたいだから、取り敢えず今は置いておくとして。

 恐る恐る目を見開いてみた時には、もう既に桜小路さんは私の身体から退いた後だった。

 どうやら今日のところは危険は回避できたらしい。
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