拾われたパティシエールは愛に飢えた御曹司の無自覚な溺愛にお手上げです。
それは桜小路さんが寝室から出ていく間際のことだった。
桜小路さんの気怠げだった表情は一変、意味深な笑みを浮かべた桜小路さんから、
「……言い忘れていたが、今夜から夕飯の時に菱沼は居ない。俺とお前のふたりきりだ。そのつもりで用意しといてくれ」
これまた意味深な言葉がお見舞いされたのだった。
寝耳に水だった私が弾かれるようにして顔を上げて、
「そ、そんなっ!? いきなりふたりっきりになるなんて無理ですッ!」
思わず放ってしまった声にも。
さっきよりも意味ありげな黒い笑みを湛えた桜小路さんから、
「一夜を共にしておいて、何を今更。それとも、菱沼にもさっき俺がしたように、手取り足取り免疫を付けてもらいたいのか?」
意地の悪い声音でなんとも意地悪な言葉をお見舞いされ、またもや真っ赤にされてしまったのだった。
羞恥に堪りかねた私が、なんとか言い返してやろうと踏ん張るも。
「////……け……けけ、結構ですッ!」
「どうした? そんなに真っ赤になって。もしかして、俺と菱沼に抱かれている姿でも想像してるのか?」
「////……ッ!?」
頑張って何かを返してみたところで、結局最後には、面白おかしく揶揄われてしまうことになるだけだった。
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今思い出しただけでも、悔しくて悔しくてどうしようもない。
それから、『今夜からゆっくり段階を踏んでたっぷり慣らしてやるから安心しろ』なんて言ってたけど。
今夜から一ヶ月というこの短期間の間で、一体どうやって慣らしていくというのだろう。
桜小路さんに言われた言葉の数々を思い出しただけで、全身が粟立ってしまう。
慌てて邪念を追い払おうと頭《かぶり》を振って、作業に集中しようとした矢先、私はまたもや羞恥に見舞われてしまい、顔どころか全身真っ赤になってしまっていた。
ーーまだ始まってもいないというのに、今からこんな調子で大丈夫なんだろうか……。
朝から憂鬱な心持ちでいる私とは違って、朝から元気いっぱいで、相変わらず空気の読めない愛梨さんの明るい声が、壁伝いに置かれているサイドボード上の水槽から聞こえてきた。
「菜々子ちゃんてば、創のこと思い出して赤くなっちゃうなんて、本当に初心で可愛いわぁ。まるで若い頃の自分を見ているようだわぁ」
その声で我に返った私が、これみよがしに、大きな大きな溜息を垂れ流してみたけれど、悲しいかな、脳内お花畑全開の愛梨さんには、すこっしも伝わってはいないようだった。