拾われたパティシエールは愛に飢えた御曹司の無自覚な溺愛にお手上げです。
夕食もまだで空腹だろうし、焼きたての芳ばしい香りが立ち込めているのに食べられないんだから、そりゃ機嫌も悪くなるだろう。
「あー、もう。さっきからまどろっこしい。そんなんじゃいつまでたっても食えないだろうが。もういい。代わりにお前が口を開けろ」
桜小路さんの苛立ちに満ちた強い口調にビクッと肩を跳ね上がらせた私には、命令の意図を考えるような猶予などなかった。
言われるままに口を開け、スプーンを持った桜小路さんの手により器用に納められた、とろりと蕩けた濃厚なチョコレートソースがなんとも美味しいフォンダンショコラは、当たり前だが、私が食べるためじゃない。
私がそのことを察した時には、時既に遅し、後頭部を引き寄せられた私の唇には、桜小路さんの柔らかな唇が隙なく重ねられていた。
驚愕し瞠目してしまっている私の視界一杯には、桜小路さんのイケメンフェイスがデカデカと映し出されている。
だからって、どうすることもできない私はフリーズしたままで、桜小路さんの唇や舌によって、フォンダンショコラが綺麗さっぱり回収されていくのをただただ待っていることしかできないでいた。
咥内で桜小路さんの熱くてざらついた舌が縦横無尽に蠢くたびに、どちらのものかわからない甘ったるい吐息と甘やかな唾液とが溢れてきて、今にも溺れてしまいそうだった。
それは一瞬ではなく、結構な時間をかけて、ご丁寧にも咥内で蕩けたチョコレートソースを舌で、何度も何度も掻き集めるようにして、桜小路さんは私のファーストキスと一緒に掻っ攫っていったのだった。
お陰で、桜小路さんの唇が離れてからも、腰が抜けたような妙な感覚に陥った上に、咥内で蕩けたフォンダンショコラの甘さにすっかり酔わされてしまっていて、未だ放心状態だ。
対して桜小路さんは、昨日と同じで、いつもは無愛想極まりないイケメンフェイスに、なんとも言えない、蕩けてしまいそうなほど幸せそうな表情を湛えて、味を噛みしめるようにして、瞼を閉ざしてしまっている。
そんな桜小路さんは、亀を大事にするだけあって、意外と面倒見がいいようで、茫然自失状態の私のことを落ちないように、自分の胸板へとしっかりと抱き寄せてくれている。
そして私は、あんなに恥ずかしいと思っていた桜小路さんの胸に顔を埋め、全てを委ねるようにして自らしなだれかかっていたのだった。