拾われたパティシエールは愛に飢えた御曹司の無自覚な溺愛にお手上げです。

 放心して桜小路さんの胸に寄りかかっていたはずが、私はいつの間にか眠っていたらしい。

 きっと専属パティシエールとしてここに来てからまだ三日ほどしか経っていないのに、この短期間の間で色んなことがあったせいで、精神的に疲れてしまっていたんだろう。

 すっかり寝入ってしまっていたらしい私が目を覚ましたときには、桜小路さんの寝室のベッドの上だった。

 そして驚くことに、ずっと傍に寄り添ってくれていたらしい桜小路さんの腕の中だったのだ。

 目を開けたその先に、桜小路さんのイケメンフェイスがあったもんだから、吃驚仰天。

 おまけに、口の中のフォンダンショコラと一緒にファーストキスまで掻っ攫われてしまった、あの場面を思い出してしまったもんだから堪らない。

 朝目覚めたときのようにしっかりと腕の中に閉じ込められていた私は、桜小路さんの胸を両手で押し退けるようにして思いっきり突き飛ばしていた。

 けれどもチビの私との身長差が約三〇センチという高身長で成人男性である桜小路さんには少しも敵わないのだった。

 代わりに、転た寝をしていたらしい桜小路さんから、

「……ん? あぁ、やっと目を覚ましたようだな」

寝起き独特の微かに掠れた艶のある低い声音がかけられた。

 そして何を思ったのか、私の身体は軽々ヒョイッと抱き上げられて、横向きから仰向けの体勢になった桜小路さんの胸の上へとのっけられてしまうのだった。

「////……ッ!?」
「腹が減ってるだろう? 待ってろ。今持ってきてやる」

 あまりの羞恥に言葉を失い、全身を真っ赤にさせてあわあわしている私に向けて、そう言ってくるなり起き上がろうとする。

 その桜小路さんの優しい気遣いも意外だったけれど、そんなことよりも、こんなにも心を乱されている私とは違って、意識しているような素振りを全く見せない桜小路さんの態度に、無性に腹が立ってきた。

 少々性格には難があるけど、日本最大の財閥系企業の御曹司だし、王子様みたいな見かけなのだ。

ーー女性にモテない訳がない。

 いくら化学物質過敏症で香水や化粧にも反応しちゃう体質だからっていっても、この様子だと、きっと今までたくさんの女性とキスだけじゃないことも山ほど経験してきたに違いない。

 そんな桜小路さんにとったら、キスなんて挨拶するような簡単なものなのかもしれないけど、私にとってはファーストキスだったのに。

 なのにあんないきなり、フォンダンショコラを食べるついでに済ませるなんてあんまりだ。

 別に夢を抱いていた訳でもいし、今まで大事に守ってきた訳でもない。

ーーけどせめて好きな人としたかった。
< 76 / 218 >

この作品をシェア

pagetop