拾われたパティシエールは愛に飢えた御曹司の無自覚な溺愛にお手上げです。
本当は昨夜、色々文句を言ってやろうと思っていたのに、桜小路さんのお陰で言えずじまいだったこともあり、それらが堰を切ったように溢れて止まらなくなってしまったのだ。
そんなわけで、この数日で募りに募った感情が大噴火を起こしてしまった私は、大粒の涙をポロポロ零しつつ、今まさに起き上がろうとしていた桜小路さんの、スーツのジャケットを脱いだだけでまだ緩めたネクタイが締められたままのワイシャツの襟首を引っ掴んだ。
そうしてそのまま桜小路さんに言いたいだけ喚き散らした。
「何が、『腹が減ってるだろう?』だ。そんなこと気遣うくらいなら、キスなんかするなッ! バカッ! バカバカバカバカッ! ファーストキスだったのにッ! 返せッ! バカッ! おたんこなすッ!」
散々、好き勝手に喚き散らした直後には、桜小路さんの胸に顔を埋めてワンワン泣き出してしまっていた。
まるで小さな子供が癇癪を起こしたように泣きじゃくる私のことを、驚いた様子の桜小路さんは、なんとか宥めようとしてか、「おい、落ち着け」とか、「謝るから泣き止んでくれ」とか言って声をかけてくれていたようだったけれど……。
そんなことに耳を傾けるような冷静さなんて失ってた私は、なりふり構わずワンワン大泣きしていた。
暫くしても興奮は収まらず、ただただ大泣きすることしかできないでいた私のことを、桜小路さんはただ黙ったままで背中を何度も何度も優しく擦ってくれていたようだった。
そして漸く私が泣き止んだ頃には、またまた桜小路さんの胸に顔を埋めたまま放心してしまっていた。
そんな私に向けて、ホッとしたような笑みを浮かべた桜小路さんから、笑み同様のホッとしたような声音が聞こえてくる。
「やっと泣き止んでくれたようで、ホッとした」
けれどすぐに、付け加えるようにして、
「お前に泣かれると、どうすればいいか分からなくなる。頼むからもう泣かないでくれ」
そう言ってきた桜小路さんの声も表情もとても悲しげで、何故か私の胸はキリキリと締め付けられるような痛みに襲われてしまうのだった。
どうやら、昨夜、不器用ながらも濡れタオルを用意してくれたり、謝罪してくれたりしていたのは、別に私のことを慰めてくれたんじゃなくて、ただ泣かれるのが嫌なだけだったらしい。
ーーなんだ、そうだったのか。でもどうして、こんなに胸が痛くなっちゃうんだろう……。
私は自分の抱いてしまった不可解な感情に戸惑うばかりだった。