拾われたパティシエールは愛に飢えた御曹司の無自覚な溺愛にお手上げです。
ーーな、何をがっかりしちゃってんの? 私ってば。
そうじゃなくて、今はファーストキスのことでしょ!
いけない、いけない。桜小路さんがやけに悲しげに言うから危うく煙に巻かれてしまうところだった。
こうして私は、ようやっと正気に戻ることができたのだった。
同時に、すっかりなりを潜めつつあった怒りがじわじわと腹の底からこみ上げてくる。
再度攻め立ててやろうと、体勢を立て直すためにも正面に見える桜小路さんの爽やかなネイビーとサックスのレジメンタルのネクタイをぎゅっと締め上げるように引き寄せた。
「……おいっ!?」
途端に、恐ろしく均整のとれたイケメンフェイスを苦しげに歪ませて抗議してきた桜小路さんに向けて。
「何が、『頼むからもう泣かないでくれ』だ。元はといえば、あんたがフォンダンショコラを食べるついでにあんなことしたからじゃないかッ! 私のことなんか好きでも何でもないクセに、あんなことするなんて信じらんないッ! キスくらい、好きな人としたかったのにッ!」
勢い任せにぶちまけてやったのだった。
鼻息荒く言い終えた私が桜小路さんのことを正面から見据えて、はぁはぁと肩を上下させながらトドメとばかりにネクタイをぐいっと締め上げようとしたその瞬間。
状況は一変することとなった。
突然、私の身体が背後に傾いたかと思った時には、既にふかふかのシーツの上に横たえられていて。私が引っ掴んでいたはずのネクタイは、桜小路さんの手によって綺麗さっぱりワイシャツの襟元から抜き取られていた。
そしてそのネクタイは、私の顔のすぐ横にパサリと舞い降りてきた。
いきなりのことで頭が追いついていかない私の眼前には、桜小路さんのイケメンフェイスが息のかかる至近距離まで迫っているのだった。
どういう状況か説明するまでもなく、私はベッドの上で桜小路さんに組み敷かれているのである。
この状況だけでも、私にとっては結構なハードルだというのに、無表情を決め込んだ桜小路さんが、知らない男の人のようで途端に怖くなる。