拾われたパティシエールは愛に飢えた御曹司の無自覚な溺愛にお手上げです。
#4 専属パティシエール!?
桜小路さんの小バカにした口調や、『バカ女』呼ばわりされたことに、気を悪くしてないと言ったら嘘になる。
けれどそんなことよりも、なにやら知ってる風な口をきく桜小路さんの物言いや態度に、肝を冷やした。
私が意識を失ってたこの三日間の間に、色々調べていて、全て承知で言ってるんじゃなかろうか、と。
そして、極めつけだったのが、周りに『不利益をもたらす』という言葉だ。
私ひとりが解雇されたくらいで不利益なんて生じないとは思うが、もし仮にその言葉が本当だとしたら、解雇が取り消されてしまう。
そんなことになったら、当初の予定通り、牧本《まきもと》先輩が解雇されてしまう。そうなったら、ゆりちゃんがーー。
牧本先輩とは、『帝都ホテル』に入社した頃からお世話になっていた先輩パティシエールのことで、シングルマザーでもある。ゆりちゃんは牧本先輩の一人娘のことだ。
実は、解雇者のリストに私は含まれていなかった。
なんでも上の人(おそらくこの人たちのことなのだろう)の意向で、将来性のある若い人材は残して、今まで出勤率の低かった者や退職間近の年長者などから優先的に退職を促すというお達しがあったからだ。
先月、そのことを所属するペストリー部門の部長から言い渡された時、牧本先輩のことが真っ先に頭を過った。
それは常々牧本先輩が、保育園に通う三歳児のゆりちゃんのことで、ちょくちょく遅刻や早退をせざるを得ないことを、仲間に迷惑がかかるといってよく嘆いていたからだ。
個別で呼ばれ、退職の意思があるか確認された時、私は迷うことなく自ら退職を願い出ていた。
シンママの牧本先輩よりも、身軽な私なら就活も少しはスムーズだろう、という安直な考えからだったけれど、後悔はしていない。