拾われたパティシエールは愛に飢えた御曹司の無自覚な溺愛にお手上げです。
優しい甘さのコンポート
【どうしちゃったの? 菜々子ちゃん。今日はなんだかご機嫌斜めのようねぇ】
「べ、別に、そんなことないですよ。いつもと一緒です」
【ん~。そうは見えないわぁ。あっ! もしかして。昨夜、創とケンカでもしちゃったのかしらぁ】
「違いますッ! 私はカメ吉の愛梨さんとは違って忙しいので、部屋の掃除に行ってきます。それじゃぁ」
【あらあら、つれないのねぇ】
翌朝、いつものように桜小路さんが出勤してからキッチンで食器の片付けをしていた私は、壁際のサイドボード上の水槽から話しかけてくる愛梨さんの言葉をのらりくらりとかわしていた。
……のだが、鋭い突っ込みにとうとう堪りかね、私は愛梨さんをキッチンに残して部屋の掃除に逃げることにしたところだ。
相変わらず空気の読めない愛梨さんだったけれど、妙に勘だけはいいので参ってしまっていたのだ。
昨夜は、桜小路さんがどんなことを仕掛けてくるか心配だったため、愛梨さんをカメ吉ルームに丁重にお連れしていたため、幸いにも愛梨さんには、あの場面は目撃されてはいない。
でも勘が鋭い愛梨さんのことだ。いつ何時、ズバリ言い当てられないとも限らない。用心しなきゃ。
ーーそうでなくとも、あの桜小路さんのお母様なんだから。
何かあっても絶対息子である桜小路さんの味方に付くはずだ。
そう思ったら、すっかり引っ込んで燻っていたはずの怒りが腹の底からぶわっとこみ上げてくる。
それと一緒に、昨夜見た桜小路さんの超どアップのイケメンフェイスが脳裏に鮮明に浮かび上がってきてしまう。
たちまち私の顔から全身にかけてが火を噴くように熱くなってきた。
原因は、昨夜の桜小路さんの自意識過剰な台詞にもあるけど、その直後から、それを有言実行してきた桜小路さんの暴挙のせいだ。
昨夜、私が食事を摂っている間、桜小路さんはバスルームにいた。それからおおよそ二時間は別行動だったので顔を合わさずに済んだ。
けれど私が食事とお風呂も済ませて寝室に戻ると、待ち構えていた桜小路さんは赤子の手をひねるように私のことを捕獲するとベッドへと引きずり込んだ。
何かされるかもとは思ってはいたが、まさかそんなにすぐに行動に移してくるとは思いもしなかったのだ。
寝室に戻った早々、ベッドで組み敷かれて呆気にとられて為す術なく見つめているところへ、あの黒い微笑を湛えた桜小路さんに耳たぶを擽るようにして寄せられた唇が鼓膜に熱い吐息を吹きかけてきた。
そして私が背筋をゾクゾク戦慄させている間にも、
『免疫を付けるにはまずはスキンシップが重要だからなぁ。それに、いつもくっついていたら親近感も増すだろうし、免疫のないお前が俺のことを意識するにはもってこいの方法だ。おまけにお前の抱き心地は格別だから、抱き枕に丁度いい』
好き勝手に囁いてきた桜小路さんに何か言い返したくとも、耳に息が掛かるせいか身体に力が入らない。