拾われたパティシエールは愛に飢えた御曹司の無自覚な溺愛にお手上げです。
それを知ってか知らずか、続けざまに、やっぱり耳に熱い吐息をかけつつ、
『なにより、お前からは仄かに甘い香りがするから癒やされる。でも、いくら甘い香りがするからって寝込みを襲わないようにしないとなぁ』
わざとらしく、なんとも意地の悪いことを囁かれ、どういうわけか下腹部の辺りがそわそわとするような妙な感覚がして、知らず私は身体をゾクゾクッと小刻みに打ち震わせた。
そんな私の様子に満足げな表情を浮かべた桜小路さんは、耳元に顔を埋めたまま私のことを腕に包み込んで穏やかな寝息を立ててしまったのだった。
お陰ですっかり目が冴えてしまいなかなか寝付くことができなかった。
……といっても、寝付けなかったのは最初のうちだけで、おそらく一時間もしないうちに熟睡していたらしい。
別に桜小路さんの腕の中の居心地が良かったからじゃなく、ただ人肌が心地良かったからに違いない。
少々複雑だが、そのため意外にも朝の目覚めは頗る良かった。
けれども桜小路さんにすっぽりと包み込まれている状態だったため、私は朝からあるアクシデントに見舞われてしまったために、前日の朝以上の羞恥に身悶えさせられてしまったのだ。
それは、どうやら朝に弱いらしい桜小路さんに前日のように起きるのを阻止されてしまった時のこと。
「いいからもう少しだけ寝かせろ」
「いや、でも、朝食の準備に取りかからないと」
「別に、毎回朝から手の込んだモノを作らなくても、トーストだけで充分だ」
「ダメですッ! 菱沼さんに怒られちゃいますってばッ!」
「ーーッ!?」
桜小路さんと押し問答しているうちに、手足をばたつかせていた私の身体を足に挟んで阻止しようとした桜小路さんの大事な部分を私が蹴り上げてしまい。桜小路さんは悶絶。私は真っ赤になって固まってしまっていた。
男の人のアレが、朝はそういう風になるモノだという認識はあったものの、実際に触れたこともなかったものだから無理もない。
けれどもそれをしばらくして悶絶状態から脱した桜小路さんに、
「これくらいのことでそんなに真っ赤になってるようじゃ、まだまだだなぁ。でも、意識するには効果は絶大だったかもなぁ。と言っても毎朝は勘弁してほしいがな」
はははっなんてえらく楽しそうに笑い飛ばしながら、面白おかしく揶揄われたもんだから、口からマグマでも噴いちゃうんじゃないかってほど、真っ赤かにさせられて、私は鼻血を噴いてしまったのだ。
そりゃ機嫌も悪くなるってもんだ。
といっても、こんなこと愛梨さんに話せないし、鬱憤は募っていくばかりだ。
「あーもう、ヤダー! 思い出したじゃんかー! あの、クソ御曹司ッ!」
朝一の大失態を思い出してしまった私は、鬱憤をぶつけるようにして廊下をドスドスと音を立てつつ、進んでいったのだった。