拾われたパティシエールは愛に飢えた御曹司の無自覚な溺愛にお手上げです。
訊くなら今しかない。そう思った私が、
「あのう、菱沼さん。さっきの人たちって、ここのコンシェルジュさんですよね?」
菱沼さんに遠慮気味に尋ねたのだが、意外にも答えてくれたのは桜小路さんのほうで。
「あぁ。俺がお前に似合いそうなのを見繕って用意した服を運んでもらったんだ。後で試着して、もしもサイズが合わないようなら菱沼に言っておけ」
ソファにふんぞり返ってネクタイを気怠げに緩めていた桜小路さんから、さも当然のことのように、返ってきたのがこの言葉だったのだ。
まさかそんな言葉が返されるとは思わず、面食らってしまった。
桜小路さんが私に似合いそうな服を見繕ったとか言うんだから、そりゃ無理もない。
ーーどうして? なんのために?
私の頭の中には疑問ばかりがひっきりなしに飛び交っている。
「……私に、桜小路さんが、ですか?」
前のめりになって二度見しながら、半信半疑に尋ね返した私のことが、どうやらお気に召さなかったらしい。
私の声を耳にした途端に、桜小路さんは不機嫌そうに眉間に深い皺を寄せて、不遜な低い声で言い放った。
「聞こえてるんなら何度も同じ事を言わせるな。お前には学習能力ってもんがないのか?」
そして忌々しげに緩めたネクタイを襟元から抜き取ると、すぐ横の背もたれにかけてあるジャケットの上へとポイッと放り投げてしまった。
その後は、腕を組んでそのまま不貞腐れたように明後日の方向に顔と視線を向けてしまっている。
もうこれ以上何を言っても聞かないぞ。とでも言うように。
おそらく仕事で疲れているのに、煩わしいヤツだとでも思われているんだろう。
けれどこっちだってあんな高価そうなものを貰ってしまったら、益々桜小路さんの言いなりだ。
私は怒鳴られるのを覚悟で、何も受け付けないという雰囲気を漂わせている桜小路さんにキッパリと言い放ったのだった。
「そんなの困ります。あんなにたくさん。それに、あんな高価そうなもの、貰うようないわれなんてありません」
すると私の言葉を聞いた桜小路さんから、
「なんだとッ!」
案の定不機嫌極まりないというのを体現するかのような怒声が飛び出してきて。
思わずビクッと肩を跳ね上げた私の様子に僅かに躊躇するような素振りを見せた桜小路さんから、
「……あっ、いや。とにかく、そういうことだ。お前が要らないというなら、捨てればいい」
さっきよりはいくらか怒りを抑えた、安定の不機嫌で不遜な声が吐き捨てられた。