拾われたパティシエールは愛に飢えた御曹司の無自覚な溺愛にお手上げです。

 それも意外だったけれど、そんなことよりも、『捨てればいい』といわれて、捨てられるわけがない。

「……そんなっ。捨てるなんてことできませんッ!」
「なら、着るしかないな。てことで、この話はもう終わりだ。俺は着替えてくる」

 けれど桜小路さんのこの言葉によって、異議を唱えようとした私は、呆気なく黙らされることになった。

 結局は、何かを言ったところで、桜小路さんには敵わないのだった。

 着替えるためにリビングダイニングから桜小路さんが出て行った直後。

「あの服のことだが。あれは、お前への詫びのつもりだったようだ」

 肩をガックリと落としていた私は、ずっと静観を貫いていて存在などすっかり忘れ去ってた菱沼さんから、意外なことを聞かされてしまい。

「……へ?」

 なんとも間抜けな声を出してしまっていた。

 
 菱沼さん曰く。

 なんでも今朝会社に向かう車中で、桜小路さんから唐突に、『若い女の機嫌をとるにはどうしたらいいと思う?』そう尋ねられた菱沼さんは、『贈り物などどうですか?』そう返したらしいのだが。

 会社に到着するなり、私との契約書を見たいと言いだした桜小路さん。

 その直後、販売部門の責任者の元に赴き、今流行の服の中からあれこれ見繕っていたというのだ。

 菱沼さんがそれとなくサイズを確認したところ、私と同じサイズだったのだという。

 そう聞かされても、あの桜小路さんがわざわざそんな面倒なことを自らするなんてこと、私はどうしても信じられずにいた。

 そんな私に菱沼さんは、これまた意外なことを言ってくるのだった。

「創様は、あー見えて、心根の優しいお方だ。けれどそれをうまく口にできないものだから誤解を招くんだ。昔から、そういう不器用なところがある。仕事では決してそんなことはないんだがな」

 その言葉を聞いた私は、これまで、濡れタオルを用意してくれたり、なんとか機嫌をとろうとしてくれたりしていた桜小路さんの姿を思い出し、そこでようやく腑に落ちた。
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