拾われたパティシエールは愛に飢えた御曹司の無自覚な溺愛にお手上げです。

 その様子からも、桜小路さんにとっては、どんなに些細なことであっても、大好きなお母様である愛梨さんとの大切な思い出なんだろうことが窺えた。

 愛梨さんがカメ吉に転生してるなんて知ったら、さぞかし喜ぶに違いない。

 言ったところで、信じてくれる訳ないだろうし、下手したら事故のせいで頭が可笑しくなったと思われるのが関の山だろう。

ーーまぁ、知られても困るんだけど。

 何故なら桜小路さんに知られた時点で、愛梨さんは天に召されることになるらしいからだ。

……いつの間にやら愛梨さんの話題にすり替わってしまったけれど。

 兎にも角にも、桜小路さんは落ち着き払った様子で私の鼻を押さえてくれていたのだった。

 それに引き換え私は、桜小路さんの腕の中で、心臓が持たないんじゃないかという不安に駆られてしまっていた。

 可笑しな事を心配していた自分のことは無視しておくとして。

 菱沼さんに聞かされた言葉を切っ掛けに、これまでのことや今朝の事を思い返した結果。

 本《もと》を正せば、私が泣いたのも、機嫌を損ねたのも、そもそもの原因は桜小路さんにあるのだが……。

 菱沼さんの言うように、桜小路さんは無愛想で口が悪いところはあるが、確かに心根は優しい人なんだろうと思う。

 そうでなければ、いくら自分のせいだとはいえ、わざわざ私にフォローなんてしないだろうし。

ーーてことはやっぱり、キスの件と鼻血の件を桜小路さんが気にしてくれてたということなんだろう。

 そう思い至った途端に、胸の奥底からあたたかなものがどんどん溢れてきて、胸の内が満たされていくような、妙な感覚がするのはどうしてだろう。

 漸く菱沼さんの話と自分の導き出した結論とが一致したものの、今度は自分の不可解な心情に首を捻ることしかできないでいた。

 そんな私の正面にあるガラス張りのローテーブルの上には、何故か突如『パティスリー藤倉』のケーキボックスが現れた。

 置いた当人である菱沼さんはほとほと疲れたように、

「どうやらこれも、お前に『貰ういわれがない』と言われて言い出せなくなったようだ」

ボソボソと呟いてから、ふうとわざとらしく溜息を零して、やれやれといった様子で再び口を開いた。

「いきなり何の前置きもなく、帰りにお前の伯母夫婦の店に寄れというので何かと思えば。これも、お前の機嫌をとるために、予め佐和子さんに連絡して、お前の好物を作ってもらっていたらしい」

 状況に思考が追いつかず、ポカンと開けた大口同様、大きく見開いた眼を忙しなく瞬いていた私は、またもや驚かされることとなった。
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