拾われたパティシエールは愛に飢えた御曹司の無自覚な溺愛にお手上げです。
私がポカンとしている間にも菱沼さんの話は進んでいく。
あたかも私の心の奥底に芽吹いたたばかりの不可解な心情に狙いを定めて、追い打ちでもかけてくるかのように。
「この前、お前のことを人質だとは言ったが、創様はそんな事のためだけに、好きでもない女を傍に置くようなお方じゃない。少なくとも、お前のことをいたく気に入っておられるようだ」
確か、桜小路さんもそんな風なことを言ってた気がする。
……てことは、本当に私のことを心配してくれているって言うこと?
ーーいやいや、あれが気に入った相手にすることかなぁ?
まぁ、ちょっと変わったところのある桜小路さんのことだから、あると言えばあるのかもだけど……。
私があれこれ勘案しているところに、菱沼さんがボソッと零した呟きが聞こえてきて。
「お前のどこがいいのか俺には全くもって理解できないがなぁ」
「……ッ!?」
その言葉に憤慨した私が、抗議の眼を向けてみるも、菱沼さんには通用しないどころか、フンと鼻を鳴らしてあしらわれてしまい、呆気なく敗北したのだった。
それがどうにも悔しくて、盛大にむくれた私が菱沼さんにジト眼を送っていると、馬鹿にした表情から、なにやら愁いを帯びたような表情に切り替えた菱沼さんから嘆くような声が放たれた。
「まぁ、綺麗な思い出はそのまま大事にとっておきたいというお気持ちは分からないでもないがなぁ」
「……綺麗な思い出?」
けれどもその言葉の指す意味が分からず、無意識に訊き返すも。
「あーいや、何でもない」
一言で制された上に、立て続けに、
「ただお前には、創様のことを少し知っておいて貰わないと、色々と誤解を招くといけないからなぁ」
もっともらしいことを返されて、なんだか煙に巻かれたような気がしないでもない。
けれどモヤモヤしている暇も与えられないまま、
「手短に話すから心して聞いておけ」
菱沼さんから命令が下されてしまい、私は反射的に背筋を正した。
どうやら私の知らない桜小路さんのことを話してくれるらしいので、取り敢えずは菱沼さんの話に集中することにしたのだった。
ーー桜小路さんのことを知りたい。
どういう訳かその欲求に勝てなかったのだ。