拾われたパティシエールは愛に飢えた御曹司の無自覚な溺愛にお手上げです。
「創様には、家庭の事情から人間不信な一面があって、気を許せる人間は限られている。仕事もプライベートも上辺だけの付き合いは日常茶飯事。そんな創様のことを憂いたご当主が、せめて結婚くらいは自由にさせようと、口を出さずにいるくらいだ。まぁ、体質のこともあるだろうがな」
「……そうなんですか?」
「あぁ。けれど継母である菖蒲様はそれを利用して、実子である創太様に、道隆様のご実家の現当主であるご令嬢との縁談を進めようとしているようだ。そうなれば両者にとっても大きな後ろ盾になるからな。といってもまだ大学生の創太様にもその気はないようだからいいが」
菱沼さんの話によると、元々、そのご令嬢(私と同い年の二二歳)の方は桜小路さんに好意を寄せていたらしい。
そのため、創太さんとの縁談には難色を示していて、うまく進められずにいるというのが現状のようだった。
そのこともあり、菖蒲さんと桜小路さんとの溝は益々深まるばかりなのだという。
それでなくとも、ご当主が菖蒲さんと再婚して以来、まだ幼かった桜小路さんのことを疎んじて、使用人任せにしていたこともあり、ふたりの折り合いは最悪なものらしい。
そういう理由から、ご当主は桜小路さんのことを余計に案じておられて、仕事以外のプラーベートにおいては一切口を挟むことはないらしい。
放任主義と言えば聞こえはいいが、桜小路さんの気持ちを思えば、なんともいたたまれない気持ちになった。
お母様を亡くして寂しい上に、お父様まで取り上げられてしまったも同然なのだからーー。
桜小路さんが無愛想で口が悪いのも、もしかすると、そのことが影響しているのかもしれない。
ーー否、きっとそうに違いないだろう。
私も父親の存在を知らずに育ち、五年前に母親を亡くしてはいるが、優しい伯母夫婦の家族が傍で支えてくれたから、そんなにも寂しい想いをした記憶はない。
裕福な家庭に育って、家族もいるのに、心の拠り所がペットのカメ吉だなんて、そんなの悲し過ぎる。
話を聞いてるうちに、なんともやるせない気持ちになってしまってた私の耳に菱沼さんの声が届いた。
「お前が泣いてどうする?」
その声で、自分が泣いていることに初めて気づいた私は、慌ててコックコートの袖で涙を拭い去った。
同時に、なにやら感心したような表情を浮かべた菱沼さんから、呟くような声が聞こえて。
「お前のそういうところに惹かれたのかもしれないなぁ」
その言葉があまりにも意外すぎて、さっきまで悲しかったはずなのに、感情も涙さえも霧散してしまうのだった。