拾われたパティシエールは愛に飢えた御曹司の無自覚な溺愛にお手上げです。
今朝、鼻血を出してしまった私のことを気遣ってか、スイーツに関しての指示は、何も仰せつかってはいなかった。
だから私の好物であるコンポートをお詫びの一つとしてチョイスしてくれたんだろう。
そのため、夕飯の支度もとっくの昔にできている私には、これといって特にすることもなかった。
重苦しい静寂に支配されたキッチンで手持ちぶさたの私はひとり途方に暮れていた。
ーーこの気まずい雰囲気、なんとかならないものだろうか。
キッチンから遠目にチラチラと桜小路さんの様子を窺ってみるも。
いつもの定位置であるソファで長い足を組んで、その上に置いたタブレットの画面をさっきから何度も指でスクロールしているだけ。
ムスッと真一文字に引き結んでしまっている口元のせいで、安定の無愛想さにも拍車がかかっている。
顔が整っているせいか余計に迫力が増していて、随分と不機嫌そうに見える。
とてもじゃないが、話しかけられるような雰囲気じゃない。
ーー菱沼さんは簡単そうに言ってたけど、そんなにうまくいくんだろうか。
ない頭で考えてみたところで他に方法なんて思いつくはずもなく。
早々に諦めた私は菱沼さんのアドバイスを決行することにしたのだった。
そういうわけで……。
現在私は、別室にて、桜小路さんが私のために見繕ってくれたという服を物色中である。
服だけかと思いきや、桜小路さんとお揃いのチェック柄のパジャマまであって驚いた。
まぁ、これから偽装結婚を装うのだから当然と言えば当然か。
ということは、もしかしたら、桜小路さんの結婚相手に相応しい服(備品)を私に支給するという思惑もあったのかもしれない。
そう思い至った途端、何故かまた胸がツキンと痛んだ気がした。が、今はそんなことに構っているような暇はない。
頭をふるふる振って邪念を振り払った私は服選びに集中したのだった。
さすがはハイブランド。オシャレでセンスのいいものばかり。見るからに上質そうな生地の肌触りも、どれも最高だった。
なんて感心しつつ、オシャレな服の中から、普段着として着られそうなモノをと思っていたが。
どれも大人びたモノばかりで、一番無難だったのが、小花柄の如何にも清楚なお嬢様が好んで着そうな上品なデザインのワンピースだった。
いつもラフなモノばかりで、スカートなんて滅多にはかないため、足元がスースーして心許なくて、なんとも落ち着かない。
選んでくれた桜小路さんには悪いが、部屋にあった姿見を何度覗いてみても、どうしても自分に似合っているとは思えなかった。