拾われたパティシエールは愛に飢えた御曹司の無自覚な溺愛にお手上げです。
おそらく私に似合うとか関係なく、流行りのモノの中から、適当に見繕ったのだろう。
ーーきっとまた『馬子にも衣装だな』なんて言って揶揄われてしまうんだろうなぁ。
それ以前に、もしかしたら、どんなモノを選んだかも覚えていないかもしれない。
やっぱりちゃんとお礼を言わないと、気づいてもくれないかもなぁ。
なんてことを思いながら、重い足取りでキッチンまで戻った私は、伯母特製のリンゴのコンポートをケーキボックスから取り出した。
透明の容器に並々と入れられた艶やかなシロップの中に、大きめにカットされたリンゴが浮かんでいる。
これは売り物というわけではない。小さい頃、よくおやつとして食べていたものだ。
と言っても、私にはそんな記憶など残ってはいないのだが。
母や伯母たちにことあるごとに聞かされた話によると。
その頃、アトピー性皮膚炎だった私のことを心配した母や伯母たちができるだけ無添加のモノを食べさせようと、いつも手作りのモノを作ってくれていたらしい。
けれど好き嫌いの激しかったらしい私は、他のモノにはめもくれず、こればかり好んで食べていたらしい。
そんなこともあって、大きくなってからも、風邪等で食欲がなかったりしたときには、いつも決まってこれを作ってくれていたのだ。
だからきっと、私の好きなモノと訊かれた伯母が真っ先にこれを思い浮かべたのだろう。
五年前に病気で母を亡くした時にも、気落ちして食欲のなかった私のために伯母がよく作ってくれたのも、このリンゴのコンポートだ。
桜小路さんにとって、シフォンケーキがそうであったように、私にとって、このリンゴのコンポートはとても思い入れのあるモノだった。
帝都ホテルに就職して社員寮で一人暮らしを始めてからは一度も食べてはいなかったため、ひどく懐かしい。
幼い頃の懐かしい記憶に想いを馳せてしまったせいで、亡くなった母のことを思い出してしまった私の頬をツーと生暖かなものが零れ落ちてゆく。
その感触を手の甲でさっと拭い去った私は、容器に盛り付けたコンポートをトレーに乗せると、桜小路さんの元へと向かった。