拾われたパティシエールは愛に飢えた御曹司の無自覚な溺愛にお手上げです。

 終わりの見えない強引な貪るような激しいキスに意識までが途絶えそうで怖くなってきた。

ーーこのままじゃ、死ぬ。殺される!
 
 苦しさに思わず桜小路さんの胸を押し返すも、深いキスのお陰で力の抜けた手ではそれさえも叶わない。

 気づいた時には、私はとうとう噎び泣いてしまっていた。

 そうしたら、私の異変を瞬時に察知したらしい桜小路さんがハッとした気配がして、すぐにキスを中断してくれて。

「乱暴なことして悪かった。もうしないから泣き止んでくれ。頼む、菜々子」

 いつになく焦った様子で、かいがいしく私の頭や背中を撫でながら、何度も何度も必死で声をかけてくれている桜小路さん。

 その言葉のニュアンスからして、私が怖がっていると勘違いしているようだけれど、そんなことに構っているような余裕などなかった。

 桜小路さんの必死な声掛けは私が泣き止むまでの間続けられていて、気づいたときには、いつものように桜小路さんの広くてあたたかな胸に抱き寄せられていたのだった。

 そうしてようやく落ち着きを取り戻した私に向けて。

「菜々子、さっきはすまなかった。もう強引なことはしないから安心して欲しい」
  
 いつしか呼び捨ての菜々子呼びになっている桜小路さんのシュンとした声音が耳に届くのだった。

 何故かその声を聞いた途端、胸がキュンと切ない音を奏で、落ち着きを取り戻しつつあった涙腺までが崩壊してしまい。

「おいっ、菜々子。どうして泣くんだ!?」
「どうしてって、そんなの、わかりません。そんなことより、どうしてあんなことしたんですか? 息ができなくて、死ぬかと思ったじゃないですかッ!」
「……あぁ、否。菜々子があの男のことを好きなのかと思ったら、無性に腹が立って、つい……て、怖かったんじゃないのか!?」
「いえ、全然。息ができなくて、死にそうだっただけですけど」
「そうだったのか!?」

 途端にさっきよりも慌てふためいた様子の桜小路さんとあれこれ言い合っているうち、互いの勘違いが明らかになって。

ーーなんだ。てことは、恭平兄ちゃんに嫉妬してたんだ。

……って、ええ!? 桜小路さんが恭平兄ちゃんに嫉妬!?

 ストンと腑に落ちるとともに、驚きの事実に泣いてるのも忘れ、私は絶句することとなった。
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