拾われたパティシエールは愛に飢えた御曹司の無自覚な溺愛にお手上げです。
私が怖がっていなかったと分かった途端に、ホッとして胸を撫で下ろしているような様子を見せる桜小路さん。
その様子からも、桜小路さんが少なからず私のことを気にかけてくれているというのは分かる。
それにさっきあんなに怒っていた理由も、恭平兄ちゃんに嫉妬してたというのが、一番しっくりとくる。
ーーでもどうしても信じられない。
冷静になって考えれば考えるほど、そんなことありえない、としか思えないのだ。
だって、私はただ、桜小路さんに利用されるだけの存在でしかない。
嫉妬するってことは、桜小路さんが私のことを好きじゃないにしても、少なからず好意を持っているってことだろう。
でもまだ出逢って一週間も経ってもいないのに、そんなことあるだろうか……。
百歩譲って、私のほうが、どこかの国の王子様のようなイケメンである桜小路さんになら一目惚れすることはあるだろう。
けど、桜小路さんが、どこにでも転がっていそうな平凡な顔つきの私に、一目惚れするとはどうしても考えられない。
自分でそんなこと分析するなんて虚しいけれど、本当のことだからしょうがない。
否でも、桜小路さんってちょっと変わったとこあるし、あり得ないこともないのかな? てことは、やっぱり桜小路さんが私のことを好きってこと?
ーーキャー、どうしよう。ちょっと嬉しいかも。
色々思案しているうちにそんな仮説に行き当たった私の顔からつま先までが瞬く間に真っ赤に色づいていく。
照れを通り越して無性に恥ずかしくなってきた私は、両掌で顔を覆い隠して身悶えてしまっている。
そんな私の異変に気づいたらしい桜小路さんは、さっきまでホッとした様子を見せていたはずが……。
「おい、菜々子。急に真っ赤になって、今度はどうした?」
私の両手を顔からさっさと引き剥がし顔を覗き込んできた桜小路さん。
その口調はいつもの無愛想なもので、表情だって怪訝そうで、眉間には皺まで寄せている。
でも不思議なことに、桜小路さんが自分に好意を持っていると思うと、それもまた可愛らしい、なんて思ってしまうから不思議だ。
ーーやっぱりこういうときのイケメンの威力は凄まじいなぁ。
未だ暢気にそんなことを思ってしまって、なんの反応も示さない私に、とうとう業を煮やした桜小路さんから、不機嫌極まりない声音が放たれることとなった。
「おい! チビ助! お前のこの耳は飾りなのか?」
そればかりか、言い終えないうちに私の左側の耳たぶをグイグイと強く摘まんで引っ張られてしまったから堪らない。
その痛みの所為で、いきなり強制的に現実世界に引き戻された私は、余計なことを口走ってしまうのだった。
「もう、ちょっと何するんですか? 痛いじゃないですか! それが好きな人に対してすることですか?」