花が咲いたら恋に落ち、花が落ちたら愛が咲く
カタクリ:寂しさに耐える
 いたい、いたい、いたい。

 ずきずきと痛む左手人差し指をなるべく動かさないように全力で階段を駆け下りる。

 途中何人か先生にすれ違って注意をされたけれど、そんなの知ったことか。


 「すいません! 2年の宗谷です!! いたいです!!」


 3限の途中に保健室にいる人なんて誰もいない。俺の大きな声が耳を刺激してしまったのか、部屋の真ん中でパソコンと向き合って作業をしていた橋川先生がびくりと体を跳ね上げ、にこりと笑いかけてくれた。


 「宗谷くん、うるさい」

 「すみません。でも痛いんです」

 「どこが痛いの?」

 「指が……さっきの時間バスケをしていて思いっきり突き指しました」


 あらら、そこに座りなさい、と優しく言い、氷嚢、湿布それから包帯とテープを持ってきた先生が俺の前にしゃがみこむ。ふわりと花のような甘い香りがして、思わず息を止めてしまった。


 「折れてはなさそうね。まぁでも本当にひどい突き指。一応処置はしておくけど、あまりにも痛いようなら病院に行きなさいね」

 「ありがとうございます。ボールにぶつかった瞬間、指が飛んで行ったかと思いました」


 しかも、今回のバスケは男女混合チームでやろうという話になって、男子は利き手を使うことを封じられていたのだ。使い慣れていない左手は思うように動いてはくれず、右手のありがたみをひしひしと感じた授業だった。


 「うちのクラス、女子がひとり欠席してたから、代わりに出ろって言われたんです。僕、他の男子に比べて華奢だから」

 「男子ってそういうとき拒否権ないものねぇ」

 「そうですね。まぁ楽しかったから結果オーライということで!」


 氷嚢は放課後に返しに来てね、と言われて勢いよく立ち上がる。


 その瞬間、また花の香りが鼻腔をくすぐった。


 甘い、けれど少し青臭いような、嗅ぎなれたもの。

 冷や汗が滲んで、心臓の鼓動が速くなってくる。胃の上部にちりっとした痛みが走った気がして、逃げるように保健室を出た。


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