花が咲いたら恋に落ち、花が落ちたら愛が咲く



 次の日、西さんはやっぱり教室に来なかった。

 一番後ろの中央の席だけぽつんと空いているのが、彼女が以前はクラスの人気者だったことを物語っている。あの場所に座って、周りにいる人たちと楽しそうに話していた。

 彼女がいなくなっても、簡素な机と椅子が端に追いやられることはなかった。きっと、先生は事情を知っているんだろう。頑なにあそこから机を動かそうとしなかったのは、実は先生の方なのだ。


 「なぁ栗ちゃん、」

 「なんだ?」

 「西さんって、何してるんだろうな」


 休み時間の喧噪の中では、久しぶりに聞くその名前は聞き取りづらかったのかもしれない。あるいは、俺の声が無意識に小さくなってしまっていたのか。栗ちゃんは目をぱちくりさせてこちらを見ていた。反応がなかったから、もう一度「西さんだよ」という。


 「どうしたお前、西のこと密かに好きだったのか?」


 いやぁ葵が恋の話とはねぇ、と感心したように栗ちゃんは頷く。


 「好きとかじゃなくて! なんか、教室の後ろ側が寂しいなぁって思ってさ。もうずっと来ないのかな」

 「わかんね。机とか撤去してないってことは戻ってくる可能性あるってことじゃねぇの?」


 知らんけど、と栗ちゃんが手に持っていたシャーペンを鼻の下に置いた。尖らせた唇の上に乗ったシャーペンは安定していて、落ちる気配はひとつもない。


 「てか、こんなこというのもなんだけど、いまはもう西のこと話題に出すやつとかいないよな。来なくなったときはびっくりしたけどさ」


 なんでそんなこと言うんだよって反論したかったけれど、それは紛れもない事実だった。西さんに関するうわさが飛び交っていたのは本当に最初のほうだけで、今となっては、西さんの机邪魔だね、くらいの扱いなのだ。掃除のときに使っていない机を運ぶのが面倒、埃を被った机を掃除するのは誰なのか。俺たちの世界はいつでも自分中心に回っていて、姿を見せなくなった他人のことなんてどうでもよかった。


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