花が咲いたら恋に落ち、花が落ちたら愛が咲く


 「ただいま帰りました」


 よく考えると、祖母がいるわけでもないこの離れで、こんなに堅苦しい帰宅を告げる挨拶をする必要はないのだ。

 以前に一度帰宅したばかりのところを祖母に見られて以来、ずっとこの挨拶を機械のように繰り返している。


 「父さん、母さん、少しいいかな」


 この時間めったに足を踏み入れることのないリビングへ行き、両親を呼ぶ。ふたりとも疲弊しきった様子でコーヒーを飲んでいた。

 祖母の世話だろうか、それとも外と何かしがらみでもあるのだろうか。

 俺は、本当になにも知らないな。


 「ここでいいか」

 「うん。すぐに終わるから」


 カバンを雑に足元へ置き、椅子に座る。

 家族団らん用にと買った大きなダイニングテーブルなのに、ここに家族4人が揃うことはほとんどない。


 「養子の手続き、してもらってもいい?」


 それを聞いて、虚ろだった母さんの目が一層光をなくした。

 養子に出されるという話を俺が聞いたのが3日ほど前。答えを出すにはあまりにも早すぎると思ったのだろうか、父さんが心配そうに尋ねてきた。


 「葵、そんなに急いで返事をしてくれなくてもいいんだぞ。まだまだ考える時間はあるし……」

 「考えるの、もう疲れたんだ」


 へらりと笑う。

 泣き腫らした目はまだ元には戻っていない。きっと、ふたりとも気付いているだろう。だから言い訳をするなんてことはしない。泣いていたことを言うわけでもないけれど。


 「俺がここにいたら、誰も幸せにならないよね」


 小説でよく見るセリフだ。生きることに希望を見出せなくなった主人公が語るんだ。

 けれど、たいていの場合、その主人公にそばにいてもらいたいと願う人がいる。


 俺は?


 俺がここにいると祖母がダメになる。それのせいで父さんや母さんが我慢を強いられて、ひまりは祖母の八つ当たりを受けることになる。佐藤さんはそんな祖母の世話をしなければならないし、俺はこの通り。


 ほら。

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